「日本発」は足踏み
国内では藤堂教授のグループのほか、タカラバイオ社が複数の大学と自然変異型(遺伝子組み換えが自然に起こった)の「単純ヘルペスウイルスI型」を使った臨床研究に着手している。同社はすでに18年の商業化を目指して米国で「第I相」の試験を進めている。面倒を避けるために国内より海外を先行させる「治験の空洞化」がここでも生じているのだ。
新しい治療法の開発には数十億円規模の資金と数十人単位のマンパワーが不可欠だが、国内製薬企業の反応は鈍い。背景には、前例の有無を気にする政府当局や企業の体質がある。臨床研究と薬事承認のための臨床試験との間を取り持つ枠組みの整備は進んでいない。開発から発売までの時間が短いほど製薬企業の利益は増えるが、国内での環境の悪さを考えれば、各社が二の足を踏むのは当然だろう。
米国で発売されれば、日本でも利用したいと考える患者は多いだろう。がん治療用ウイルスの技術レベルは日本のほうが高いのに、日本の患者がウイルス療法を受けられる時期は、ずっと後になる。藤堂教授はいう。
「米国での発売でようやく企業の注目度も上がるでしょう。しかし、それよりも治療効果も安全性も高い治療用ウイルスがここにある。いま国や企業がコミットしなければ、欧米に置き去りにされてしまいます」
ウイルス療法は全く新しいアプローチの治療法だ。がん細胞だけで増殖する性質を利用して、全身に散らばる微小転移や腹腔内の播種がんに使う、もしくは抗がん免疫を引き起こす性質を利用して、手術で切り取る前に投与するなど、がんの治療戦略をがらりと変えるほどのポテンシャルがある。「日本発」の創薬を1日も早く実現するため、産官学の協働が強く望まれる。
1960年生まれ。85年東京大学医学部卒業。米ハーバード大学マサチューセッツ総合病院助教授などを経て、2003年東京大学脳神経外科講師。11年より東京大学医科学研究所・先端医療研究センター先端がん治療分野(脳腫瘍外科)教授。著書に『最新型ウイルスでがんを滅ぼす』(文春新書)。