東レ、キヤノン連合との三つどもえ

セーレンがデジタル染色の技術開発に乗り出した頃、同じような挑戦を始めた会社が他にもありました。東レとキヤノンです。異業種のキヤノンは、カネボウと組んでの参戦です。各社とも、インクジェットの手法を繊維に応用しようと開発を始めましたが、繊維は紙と違って厚みがあるうえ、染料のにじみも生じます。繊維の種類によって染料も変わります。さらに印刷機械にも段違いの耐久性が求められます。技術的に非常に難しく、どの会社もなかなかうまくいきませんでした。私たちも何度も壁にぶつかりながら、あきらめずに試行錯誤を続け、小さな成功体験を次のステップにつなげて一歩一歩前に進んでいきました。

5年が経った頃、「セーレンはうまくやっているらしい」という噂を聞きつけた東レの前田勝之助社長(当時)がやって来られました。「東レにできないことを、セーレンにできるはずがない。うまくいっているなら見せてほしい」というわけです。見せろと言われても、競合相手においそれと見せられるはずがありません。丁重にお断りしました。それからさらに3年が経ち、いよいよセーレンの技術が完成に近づいた頃、再び前田さんがやって来ましたが、このときもお引き取り願いました。

そして3度目。「このたび社長を退くことになったから、最後にどうしても見せてほしい」と懇願する前田さんに、口外しないことを条件に開発現場をお見せしました。

繊維におけるデジタル染色技術の難しさは、CAD画面に映る色を忠実に布地に再現するための色合わせにあります。そこで鍵を握るのは、ハード(印刷機械)、ソフト、染料の3つの要素です。すべてが揃ってはじめて、デジタルデータの忠実な再現が可能になります。

前田さんは完成間際のセーレンの技術を見て、矢継ぎ早に質問しました。「この印刷機械はどのメーカーでつくっているのか?」「内製です」「ではこのソフトはどこから買っている?」「内製です」「染料は?」「内製です」――。すべて自社開発したことに、前田さんはとても驚かれた様子でした。そしてこう感想を述べられたのです。

「私は技術者だから、できることとできないことを理詰めで判断して、あきらめてしまう。しかし、川田さんは技術者ではないから、技術的には実現が難しいことも夢に掲げ、追いかけることができる。そして、その夢を見事に実現させてしまった。その差だったのかもしれないね」

技術開発をすべて内製化したことも、私たちが成功した要因の一つだったと思います。もし、自社にはハードやソフトでのノウハウがないからと外注していたら、途方もない開発費や時間がかかり、第一、「そんな技術は不可能です」と断られて開発がとん挫していたに違いありません。経験やノウハウがなくても、社内でゼロから取り組んだからこそ、「不可能を可能にするのが仕事なんだ!」という執念で社員を鼓舞し続け、東レにもキヤノンにも実現できなかった新技術を開発できたのだと思います。量産して採算が取れるようになるまでに、15年の開発期間がかかりました。