「希望学」の視点からセーレンの革新的な企業メカニズムを調査し、その結果をセーレンの経営史にまとめた東京大学社会学研究所の中村尚史教授。中村教授を迎えた対談後編では、創業125年を超えて進化し続ける名門企業、セーレンの強さの秘訣に迫った。
▼対談前編: http://president.jp/articles/-/16494
「名門企業」は褒め言葉ではない
――セーレンの125年の歴史を経営史としてまとめてみて、周りの反応はいかがでしたか。
【川田】自分たちの会社が周りからどのように見られているのか、自分たちの認識とギャップがあるのを感じましたね。セーレンは、染色加工業で月2000万メーター、つまり毎月地球半周分もの生産を誇る大企業です。しかし、企業体質としては、創業から委託下請け賃加工を生業としてきた期間が長く続き、企画・開発・販売機能を持っていませんでした。これは経営学的に見れば企業とは言えません。染色加工の業界では「自分たちが天下を動かしているんだ」という自負があっても、委託下請け企業である限り「井の中の蛙大海を知らず」の状態でしかないのです。
そのことを実感する出来事がありました。「企業家研究フォーラム」の年次大会でセーレンの経営史が取り上げられて中村教授と一緒に登壇したとき、私は「名門企業として、古い体質からどう抜け出し、どう生き残ったか」について話しました。すると、参加者から「セーレンは名門企業なのか?」と。セーレンのことをよくご存知ない方が多いのです。我々の知名度の低さを痛感しました。売上1000億円以上で125年も存続している企業は、日本では10万社に7社だけです。その7社に含まれるセーレンは、「名門企業」と言っていいのではないかと思うのですが(笑)。
【中村】私もそう思います。ただ、そのあと川田会長はこうおっしゃいましたね。「『名門企業』というのは、褒め言葉ではない。変われない企業のことを名門企業と言う。名門と言われてふんぞり返っていたら、その企業は終わる」。名門企業は褒め言葉ではない、という言葉は非常に印象的でした。
【川田】私は社長就任以来、委託下請け賃加工の延長線上で一生懸命にやってきた社員に対して、「変わらなければいけない」と言い続けてきました。つまり、自分たちでものを企画・開発して販売する企業への脱皮を目指して、叱咤激励してきたわけです。しかし、企業が100年も続くと、そこには固有の企業文化がしっかりと根付いていて、それを変えるには大変なエネルギーが要ります。役員から現場の社員に至るまで、本当はみんな変えたくないと思っているのです。
【中村】今回、セーレンという企業の内側を見せていただき、企業文化についてずいぶん勉強させてもらいました。企業は人の束ですから、それを括りつけるものが必要です。それが企業文化というわけです。文化とは、共通の了解や信念みたいなものだと理論的には言われています。川田会長が過去25年にわたり企業改革を続けてこられたのは、それだけ企業文化が重要で、企業活動に与える影響が大きいということでしょう。
同時に、いったん構築された企業文化を変えるのは大変だということも分かりました。25年と言えば、社員が入れ替わるのにも十分な時間です。それだけの長い時間を改革に費やしても、川田会長はまだ下請け体質から抜け出せていないとおっしゃる。これは重要な問題提起だと思いますね。