「お客の立場」で検証した結果が、やがて、撤退へとつながる。
トーランスの試作ライン設置は、成功した。半年後、敵陣営に付いていた4社のうちの2社が、ブルーレイ方式でも映画ソフトを売り出す、と発表した。映画界の風向きが、変わる。次はパソコン業界。世界は、パソコンで動画を観る時代に入っていた。でも、まだブルーレイとパソコンの親和性は、いま一つ。競争相手の社長が米パソコン業界に強く、苦戦した。滞米日数が増え、独り、パソコンメーカーと接触した。
ただ、ブルーレイに対応した映画ソフトが多くなれば、再生機も売れるのと同じことが、パソコンにも当てはまる。やがて、利用者のニーズが、業界を動かす。試作ライン設置から9カ月、世界の主要電機会社が続々と、ブルーレイの再生機を送り出す。パソコンにも、人気絶頂のゲーム機にも、ブルーレイが採用されていく。競争相手は次々に白旗を掲げ、ついには盟主格のメーカーも、自分たちの方式から撤退した。
振り返れば、経営感覚が育った四十代だった。映画業界は、ブルーレイにとって最大のビジネス相手。言い換えれば、最大の「お客」だ。パソコンメーカーも「お客」。それらの「お客」が、松下電器(現・パナソニック)に何を求め、期待しているのか。それに、どこまで応えることができるか。ビジネスをまとめ、育てるには、そこがすべてだ。自分たちの成功体験を抱き続け、売り込むだけでは、相手にされない。
「守株之類也」(株を守るの類たぐいなり)――ウサギが切り株に頭をぶつけて死に、獲物になったことに味を占め、翌日から農作業をやめて切り株の前で待ち続けるような愚行はしてはいけない、との意味だ。中国の古典『韓非子』にある言葉で、過去の成功体験にしがみつかず、自由自在に適応していくことを求める。屋台骨だったテレビ事業でも単純な継続は否定し、入社式でも「本当にお客さま第一ですべての活動をやっているか、もう一度、みんなで考え直さなければならない」と新入社員に説く津賀流は、この戒めと重なる。