インフレ予想から生産物に対する総需要が増大

第1の矢の「大胆な金融政策」は、マネタリーベースを倍増することによって2年ほどで2%のインフレ率を引き起こそうとしている。貨幣市場でマネタリーベースが倍増されると、通常の金利水準であれば、金利が相当低下することになる。しかし、現在の0%近くにある金利水準では、マイナスにまで金利が低下することはない。むしろ「2年ほどで2%のインフレ率」を日本銀行がコミットすることによって、企業は家計が「2年ほどで2%のインフレ率」を予想して、これまでデフレ経済の下で買い控えていたものを、値上げ前に買い急ぐことになることを期待しているのである。マネタリーベースの倍増がインフレ・ターゲッティングと組み合わさることによって、インフレ予想を通じて生産物に対する総需要が増大するというものである。また、日本で発生するインフレは、円の購買力(円で購入できる生産物の数量)を減少させ、円の価値を外国通貨に対して下落させ、円安になることによって、日本の生産物に対する輸出需要が増大することも期待されている。

第2の矢の「機動的な財政政策」は、売れ残っている生産物を政府が直接に購入することであるから、生産物に対する総需要に直接的に働きかける。この効果が景気回復のためのスターターになると家計や企業が期待をすれば、さらに家計や企業が消費や設備投資を増大させて、いわゆる乗数効果が高まるであろう。しかし、注意を要することがある。家計や企業が買いたいと思っていた生産物を政府が民間を押しのけて購入すれば、その効果は消失するからである。このようなことが起こる可能性があるのが、社会保障や医療分野である。

実現できなければ大きな反動が起こる可能性も

第3の矢の「民間投資を喚起する成長戦略」は、規制緩和による構造改革を通じた生産性上昇をその目的としていることから、2つのチャネルを通じて日本経済に影響を及ぼすことが期待される。「民間投資を喚起する成長戦略」を文字通りに理解すれば、民間の設備投資が増加するはずである。規制緩和などの成長戦略によって日本経済全体の生産性が高まれば、たとえ金利が低下しないとしても、設備投資の収益性がプラスに転じて、高まることになる。これは、生産物に対する総需要を増大させる効果をもたらす。同時に、日本経済全体の生産性が高まれば、2%のインフレ・ターゲッティングの下で物価水準と賃金が同様に2%の上昇を実現したとしても、生産性の上昇分だけ企業の利潤マージンが増え、企業は生産量を増大させて、雇用を増大させられる。これは、生産物市場においては、企業による生産物の供給、すなわち、生産物市場の供給サイドに影響を及ぼす。

以上、アベノミクスの「3本の矢」の経済政策について、その効果を理論的に検証した。ここで重要なことは、アベノミクスが人々の予想に随分と頼っている点である。現在は、予想がまだ実現していないものの、予想が実現することが期待されて、株価上昇につながっている。

しかし、予想が実現しなかったときには、その失望は大きく、大きな反動が起こる可能性もある。とりわけ、2%のインフレ率の実現には、インフレ・ターゲッティングによるインフレ予想を醸し出すだけではなく、実際に、物価とともに賃金・給料が上昇していくことが必要である。

(図版作成=平良 徹 写真=PANA)
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