※本稿は、斎藤環・佐藤優『なぜ人に会うのはつらいのか メンタルをすり減らさない38のヒント』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
「努力は遺伝に勝てない」身の回りに優生思想は存在する
【斎藤】私は優生思想については、ある意味古典的な、優秀な遺伝子の継承を目的とした人工的な淘汰を肯定するという考え方にとどまらず、人間の「生」に対して、「良い生」や「悪い生」があるといった価値判断を下す思想全般が含まれる、と考えているんですよ。「マイルドな優生思想」と言えばいいでしょうか。
【佐藤】全く同感です。その視点に立って眺めてみると、なにも、「意思疎通のとれない障害者は安楽死させるべきだ」「重度・重複障害者を養うには莫大なお金と時間が奪われる」などの言説をした2016年に起きた相模原障害者施設殺傷事件の植松死刑囚の世界まで行かずとも、身の回りに優生思想が様々な形で顔を出しているのが見えてきます。
私は、「努力は遺伝に勝てない」「『悪い生』に生まれたら、そこから抜け出せない」といった優生主義の発想は、人々が様々なことを諦める理由にもなっているのではないか、と感じるのです。「教育は子どもの成長に関係ない」と言われれば、塾に行かせる経済的余裕のない親は、「そうだよね」と自らを納得させることができるでしょう。経済格差が広がる社会においては、「人生は生まれながらに決まっている」というこの手の議論は、受け入れられやすいのかもしれません。為政者にとって都合がいい、と言うこともできるのですが。
格差社会の底に沈んでいる「弱者男性」
【斎藤】経済格差に関連して言うと、最近流行っている言葉に「弱者男性」というのがあります。ひと頃、「キモくて金のないおっさん」の略称として「KKO」と称するネットスラングがあったのですが、さすがに差別的だということもあって、今はこう呼ばれます。要するに、職も不安定なまま、気づくと中高年になっていた人たち。見た目もイマイチ、貧困で結婚もできず。従って、幸福度は低い。独居男性は、結婚している人に比べて、10年以上早死にするというデータもあります。
【佐藤】まさに格差社会の底に沈んでいるような男性たちですね。
【斎藤】社会的弱者というとどちらかといえば女性に焦点が当たっていたわけですが、ようやく彼らに対してもそのような認識が進んで、「何とかしてくれ」と声を上げるようにもなったんですね。ただ、彼らは「俺たちにも女をあてがえ」といった発言をついしてしまうので、フェミニズムと食い合わせが悪かったりするのです。
【佐藤】週刊誌の『SPA!』の特集になりそうな。(笑)