近年、脳科学への注目が高まっている。だが、精神科医の斎藤環さんは「心と脳の関係を突き詰めることには大きな意義があるが、まだほとんど答えは出ていないのが現状だ」という。作家の佐藤優さんとの対談をお届けしよう――。

※本稿は、斎藤環・佐藤優『なぜ人に会うのはつらいのか メンタルをすり減らさない38のヒント』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

ソファに座っている犬と人
写真=iStock.com/Sergii Gnatiuk
※写真はイメージです

「脳科学」=「全部お見通し」ではない

【斎藤】ふり返ってみれば、1990年代には心理学が席巻していて、ベストセラーも数多く生まれたわけです。ところが、2000年代に入って、精神分析をはじめとする心理学に対する信頼感がどんどん低下して、社会的なブームは凋落ちょうらく傾向となりました。そして、入れ替わるように起こったのが、「脳科学」ブームでした。とても分かりやすく人間の脳について語る人がテレビなどに登場するようになり、一気に人気を博しましたよね。もはや心について説明してもあまり相手にされないけれど、「脳がこうなっています」という説明は、大勢の人々の心に響くのだと思います。

【佐藤】心という掴みどころのない概念に比べて、脳の話は確かに「説得力」があるように感じられ、ある意味「そうなんだ」と安心できるところがあるかもしれません。

【斎藤】ただ、私に言わせれば、かつて心理学で語られていたことを、単に脳の話に置き換えているような話も、実は少なくないのです。

【佐藤】ひいき目に見ても、精神医療の領域に画期的な学問が登場したというのは、ちょっと買いかぶり過ぎだ、と。

【斎藤】もちろん、脳科学という学問自体がインチキだ、などと言うのではありません。「心と脳の関係」を突き詰めていくことには、大きな意義があります。ただし現状では、まだほとんど答えは出ていないんですよ。

【佐藤】それにもかかわらず、「全部お見通しだ」のように語るとしたら、問題ですね。

【斎藤】社会に対して大きな誤解を植えつけかねないという意味で、有害でさえあると思うのです。

自分にとって不都合なことを「脳のせい」にできる

【佐藤】この学問が一般の日本人にこれほど急速に受け入れられ、ある意味信奉されている、言い方を変えるとこれほど需要があるのには、分かりやすさ、面白さの他にも、何か理由があるのでしょうか?

【斎藤】私は、脳が様々な問題を外在化する装置になっていることも大きいのではないかと思っています。

【佐藤】「外在化」とは?

【斎藤】自らにとって不都合な事象を認識した時に、それを心で受け止めようとすると、自分の内なる問題、自己責任になってしまうこともあるでしょう。しかし、脳のせいにすれば、それはまあ生まれつきなのだから自分の問題ではないんだ、ということにできる。そういう不思議な思考回路ができている感じがするのです。

【佐藤】自分がこんな人間なのは、自分をコントロールする脳内分泌物のせいだ。もっと言えば、そういう脳のつくりを遺伝させた親のせいだ。だから自分に責任はない、恨むべきなのは親なのだ――。

【斎藤】そういうことです。