鬼滅の刃』はコロナ禍の日本で大流行した。いったいなぜなのか。精神科医の斎藤環さんは「“被害者”同士が殺し合う、トラウマ的な責任と倫理の問題を問い続ける物語だ。ひきこもりを余儀なくされる社会環境が共感を増幅させたのではないか」という。作家の佐藤優さんとの対談をお届けしよう――。

※本稿は、斎藤環・佐藤優『なぜ人に会うのはつらいのか メンタルをすり減らさない38のヒント』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

鬼滅/映画『鬼滅の刃』のポスター
写真=時事通信フォト
映画館が入る建物の前に掲示された映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』のポスター=2020年12月4日、東京都新宿区

日本国内の興行収入は歴代トップ

【斎藤】東京オリンピック・パラリンピックは、半ば力ずくで開催されましたが、新型コロナは、文化・芸術・娯楽・スポーツといった分野にも多大な影響を及ぼしました。

【佐藤】一つところに集まって、密になってもらわないと成り立たないスタイルのエンタメが受けた打撃は、計り知れません。

【斎藤】そんな中で注目されたのが、2020年10月に公開された劇場版アニメ『鬼滅きめつやいば 無限列車編』の空前のヒットです。まるで、長期化する自粛生活の息苦しさに対する反動かのような印象を、私は受けました。日本国内の興行収入は約400億円で、歴代トップ。およそ2900万人を動員したといいますから、驚くしかありません。

【佐藤】アメリカやアジアなどでも公開され、やはり人気を博しているようです。

【斎藤】まあ、物語自体はとても感動的で、かく言う私自身も映画館で滂沱ぼうだの涙を抑えられなかったクチです(笑)。そもそも、コロナ禍により新作の劇場公開自体がペースダウンしていましたから、そういう飢餓感もあったのでしょう。

【佐藤】ただ、いみじくも「自粛生活の反動」とおっしゃったように、折しもコロナ禍の真っ最中に封切られた一本の映画があれほどまでに絶大な人気を博したのは、やはり当時の社会状況と無縁ではないと思うのです。精神科医にして「オタク研究家」である斎藤さんにとっては、興味深い現象だったのではないですか?

しょっちゅう首が飛び、血が噴出する

【斎藤】そうですね。そのように思っていろんな批評や評論も読んでみたのですが、どうしてこれほどウケたのかについての分析という点では、どれもイマイチ歯切れが悪いのです。

以下、ネタバレのリスクを意識せずに述べると、「鬼滅」は留守中に鬼に家族を殺害され、妹を鬼にされた炭治郎たんじろうという主人公が、妹を人間に戻すべく鬼殺隊という組織に入り、そこの剣士たちとともにラスボス打倒を目指して敵を一人ずつ倒していくという物語。そのストーリー性も登場人物の異常なキャラの立ち方なども、さすがと言うしかありません。「長男なのだから」というマッチョな価値規範に基づく「王道バトル漫画」のようでいて、泣ける要素や笑いの要素が絶妙なバランスで配されてもいます。そう考えると、ウケる要素満載の、ひとことで言えば「分かりやすい」作品と評することができるでしょう。

一方で、「鬼滅」は、グロの度合いも半端ではない“ダークファンタジー”です。

【佐藤】しょっちゅう首が飛び、血が噴出しますから。