インフレが加速する中で、私たちができる「備え」とは一体何でしょうか? 都市部ではマンション価格や賃料が上昇する一方で、一戸建ての「狭小住宅」の売れ行きが活発化しています。今だからできる「賢い」選択とはどのようなものなのか、改めて考えていきます。

現在の日本の景気が悪いということを理解できる人、できない人の格差

今年の3月期の決算では過去最高益の企業が続出しましたが、それをもって日本の景気は良いと言えるでしょうか。今の状況を見て景気が良いと判断する人は資産を保有する富裕層で、逆に景気は良くないと思う人は、資産を持たぬ弱者。そういう格差が生まれているのでしょうか。

私は違うと思います。今問われるのは、現在の日本の景気が悪いということを理解できる人か、できない人か、その違いであり、そこに格差が生まれているということです。

これまでにも述べてきたように、日本の景気は明らかに悪い。けれども日本経済新聞を読むと、日本企業最高益、力強く成長などと書いてある。それを読んで日本は景気が良いのだと思ったら最後です。

自分の将来は明るいと考えてしまい、給料もそのうち上がるだろうと漠然と考え、必要な対策を怠ってしまうことでしょう。本当は悪い景気を、良いと理解してしまう人は、格差社会で負けてしまう人なのです。

物価が上がっているのだから賃金も上がり、景気は良いほうへ向かうのではないかと考える人もいるかもしれません。物価だけが上がり続け、賃金が上がらなければ生活は成り立ちませんので、多少のタイムラグはあっても物価に遅れて賃金も上がってくるようになるとは思います。

ただし、景気が良くなった上での賃金上昇ではないので、物価上昇率を超える賃上げはあり得ない。額面上の見かけの賃金は上がっても、それ以上に物価が上がるので、実質的な賃金は下がり続けることになります。

日本経済が成長するどころではない。労働者や労働組合は、今すぐ意識を転換していかないと、容易に騙されることになります。少なくとも、日本の産業界が本格的にビジネスモデルを転換し、高付加価値型の経営に舵を切らない限り、賃金や経済の伸び悩みは続くと考えます。

貿易収支の悪化で、さらなる円安が「物価高」を助長する

円安による輸入価格の急上昇により、日本の貿易収支は大幅な赤字を計上しています。2022年度で約20.0兆円の貿易赤字があります。一方で所得収支という投資から得られる利益があるので、貿易収支と合算したときの日本の収支(経常収支)は黒字です。2022年度で経常収支は約11.4兆円の黒字を計上しています。

しかし、資源高と円安によるエネルギー関連の輸入額の増加は大きく、投資から得られる利益を食いつぶすかもしれないのです。さらに言うと、投資利益のうちの半分は、コスト対策で中国、タイ、ベトナムなどに工場を移転した日本のメーカーの現地法人の利益です。

これも所得収支に計上されるのですが、現地に投資をし、現地で人を雇い、現地で工場をつくっているわけですから、そこで得たお金は基本的には日本には送金されない。いわば見かけ上の利益です。

なおかつ、日本の製造業がコスト対策としてつくったこうした現地法人はやがて、ベトナムなどの新興国企業に負けます。そうなると、これまで得られてきた投資利益そのものが、将来は消滅する可能性がある。今言っているのは投資利益を貿易赤字が食いつぶしてしまうということなのですが、実は頼みの綱である投資利益がないも同然になり、ひいては経常収支も半減するかもしれないのです。

もし、この実態がはっきりとわかってしまったときには、さらに相当な円安が進む。そうなると輸入価格はまた上がり、貿易赤字が膨らむとともにインフレも加速します。

景気が悪いことを知っている人は「狭小住宅」を購入している。

現在の景気が良くないことを理解し、今後に備えている人は、不況下でインフレが続く経済環境において備えをしています。実は今、都内の狭小地に建つ一戸建住宅がよく売れています。買っているのは、所帯年収が500万~600万円という一般の家庭の人たちです。

都内の新築分譲マンション価格はとうに6000万円を超えていて、今後さらに値上がりすることを想定すると、年収500万円から600万円程度の普通の家庭では手が出ません。そうした人々がどうやって自分たちが生き延びるかを考えて見つけ出したのが狭小住宅なのです。

都内の、やや郊外、それでも都心に近いところで5000万円くらいの一戸建てが買える。これまでの住宅から比べると土地も狭いですが、これが家を持つ最後のチャンスだとわかっている人は飛びついた。だから、こうした住宅の販売は伸びているのです。

コロナ禍もあって郊外や地方への移住が盛んになっている、というのはむしろフェイクニュースで、都市部への人口流入は止まっていません。なぜかと言えば、これからは「生涯労働社会」の時代が来るからです。退職金をもらってリタイアしようにも生活は成り立たない。今後は年金も怪しいし、実質賃金も上がらないとなると、働き続けなければならない。

現在はホワイトカラーでリモートワークができるとしても、60歳以降もホワイトカラーの仕事に就ける保証はない。そうなったとき、遠くから自腹で都市部に働きに出られるでしょうか。都市圏の近くに家を持つのは、今後のたいへんな時代に家族で生き延びることを考えた末の選択だと思います。このことに気づいて行動している人たちは、今、起きている格差社会の勝ち組ではないでしょうか。

「タワマン購入者=外国人」は嘘。格差の実態を知ろう

高級マンションを富裕な外国人が買いあさって価格が急騰しているという話は、嘘です。一部の専門家が自分に都合のいいポジショントークで言ったことを、実態をあまり知らないメディアの記者たちが書いてしまうだけのこと。実際には、タワーマンションもほとんど日本人が購入しています。

ダブルインカムのパワーカップルが都心に住居を確保したいと頑張って、親もまたできる限りの援助をして購入する。これが主な顧客層です。一部の富裕層や外国人が高級物件を買いあさるだけが格差社会の実態ではないということですね。

投資用のマンションや賃貸マンションの買値も、すでに1.5倍くらいに上がっています。ビルのオーナーである貸し手からすると、同じ家賃で貸していたのでは回らない。

日本の場合は、家賃は契約の更新時にしか上げられない習慣がありますが、不動産会社は貸し手に対して、今なら賃料を値上げしても借り手は出て行かないから即刻上げるべきと進言しているくらいです。彼らにしてみたら、借り手が出て行って、新しい借り手が入ればまた手数料が稼げるからです。

賃貸物件の家賃の値上げは、来年あたりには顕在化するでしょう。この現実にも早く気づき、対応を考えるべきです。

(構成=大竹聡 図版作成=佐藤香奈 撮影=大沢尚芳)