「お茶のカフェ」は可能性に満ちていた

台湾発祥の「Gong cha」(以下、ゴンチャ)が日本に上陸して、今年で10周年を迎えました。世界約30カ国で2100店舗以上を展開するグローバルブランドが日本で広く知られるようになったきっかけは、タピオカドリンクブームです。ピーク時には店舗に3時間待ちの行列ができたほどでした。

ゴンチャ ジャパン社長 角田淳
角田 淳 Jun Tsunoda
ゴンチャ ジャパン社長。1971年東京都生まれ、ブラジル・神奈川育ち。アメリカの大学を卒業後、大手自動車メーカーに勤務。独立後、約10年にわたりスポーツや音楽イベントの企画運営・マーケティングに携わる。2010年日本サブウェイ合同会社に入社。同社社長を経て、21年より現職。

私がゴンチャ ジャパンの社長に就任したのは2021年。タピオカブームはすでに終わっていました。それまで私は日本サブウェイの経営立て直しに取り組んでいましたが、苦境を乗り越えたタイミングでゴンチャへの参画を決めたのです。周囲からは心配の声も聞こえました。なぜブームが去った今、ゴンチャを選ぶのかと。

就任初日の光景は今でも覚えています。自分という人間を知ってもらおうと、私はカタカナで「ゴンチャ」と書かれた自作のTシャツを着て出社しました。ところが、誰一人としてTシャツについて触れてくれません。タピオカブームの終息にコロナ禍が追い打ちをかけ、売り上げは急降下。オフィスは重苦しい空気に包まれていました。

しかし、私から見たゴンチャは全く問題のない、むしろ可能性に満ちた面白いビジネスでした。その根拠は主に2つありました。

一つは、お茶を軸にしたブランドであること。日本にはコーヒーを中心としたカフェチェーンは数多く存在しますが、お茶に特化したブランドは少ない。ここには大きな成長余地があると直感しました。

もう一つは、ビジネスモデルとしての完成度の高さです。就任前、私は実際に店舗に足を運び、来店客層をはじめ、注文や会計処理といったオペレーションの細部を観察しました。その結果見えてきたのは、店舗設計、スタッフの質、商品のカスタマイズ性――すべてが高水準で、フランチャイズ加盟者にとっても魅力的なパッケージとしてすでに完成されているという事実でした。

丸一年をかけて全店舗を巡った理由

ブランドとしての潜在力は十分。ならば、その強みを最大限引き出すために何をすべきか。私が最初に着手したのは、組織の方向性を統一することでした。当時の社内は、社員によってブランドの価値や将来像の捉え方がバラバラでした。スポーツチームにたとえるなら、サッカー選手と野球選手が同じフィールドで試合をしている状態。優秀な人材が揃っていても、これでは成果は出ません。

まず手をつけたのは、オフィスの引っ越しです。新橋に本社を構えることに決め、別々のビルで働いていた管理部門と事業部門をワンフロアに集約しました。組織の結束力を高めるとともに、風通しを良くするためです。

次に実施したのが、マネジメント層を集めた合宿。社員からはあまり乗り気でない反応もありましたが、ゴンチャが目指すべき未来と、そこに必要な戦略を全員で共有するために不可欠な時間でした。

そこで導き出した答えは、私たちはタピオカ屋でもスイーツ屋でもなく、「お茶を楽しむ時間を提供するティーカフェブランド」だということ。これは日本上陸当時の社長である葛目良輔氏の構想や、台湾で生まれたゴンチャの原点とも重なるものでした。

(構成=水嶋洋大 撮影=宇佐美雅浩(角田氏) 図版作成=大橋昭一 写真提供=ゴンチャ ジャパン)

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