障害当事者は、自身の障害とどう向き合っているのか。視覚障害を持つお笑い芸人の濱田祐太郎さんは「『障害は個性』という言葉が定着しているが、この表現には違和感がある。多くの障害は病気や事故によって生じているものであり、それは個性といっていいのだろうか」という――。
※本稿は、濱田祐太郎『迷ったら笑っといてください』(太田出版)の一部を再編集したものです。
当事者が「障害は個性」に違和感を抱く理由
俺はいままで、“障害”っていうものを“個性”だと思ったことは1回もありません。
「障害は、“泳ぐのが得意”とか“歌が下手”と同じようなもので、その人の持っている特徴のひとつに過ぎません。だから“個性”なんですよ」
こういう言葉が一時期よく言われていました。
まず、この時点で違和感があります。その“個性”が生まれた経緯を考えてみてください。泳ぐのが得意な理由はその人がめっちゃ努力して上達したからかもしれないし、音痴の原因はもともとのセンスによるものかもしれません。
それで言うたら、俺が視覚障害である理由をたどると、先天性緑内障って病気です。この病気の症状は、眼圧が上がったり、それによって周りの組織が傷ついたりするというもの。その結果として視力が失われていきます。
多分ほとんどの障害の原因をたどっていったら、事故や病気がきっかけだと思います。だから俺は障害っていうのは“症状”だととらえてる。そこには“個性”に該当するようなものはなにもないと思うんですよね。“症状”を“個性”って言葉に置き換える必要なんてまったくないと思う。症状は症状でいいし、障害は障害でいい。

