こうした組織は力が圧倒的に強いから、内部や周辺の人々が「長いものに巻かれろ」になりやすい。内部告発やチェック機能を力で押しつぶしたり、場合によっては情報操作でごまかすことだってできてしまう。最近取材した組織では、検察がその典型だった。

人を起訴して刑事裁判にかける権限(公訴権)を基本的に独占する検察は、強大すぎるほどの権力を有している。警察も、国税も、証券取引等監視委員会も、検察が起訴してくれなければ事件化することはできない。肝心の裁判は検察追従ばかり。政治家だって検察を怖がるし、検察の事件情報が欲しいメディアも真正面から批判しない。はっきりいって無敵である。

だから検察は、長年にわたって「正義の機関」のように崇め奉られ、タブー化した末に暴走をはじめた。組織内の不祥事を現職幹部が内部告発しようとした際は、驚くべきことにその幹部を別件容疑で逮捕し、口封じしてしまった。最近になって冤罪が相次ぎ発覚し、密室での無茶な取り調べや証拠の改竄、供述の捏造といった不祥事が少しだけ表沙汰になったものの、刑事司法の問題点はまだまだ根深く、おそらくは多数の冤罪被害者が涙を呑んできたはずである。

本題である東京電力を筆頭とする電力会社も、明らかに同じような悪弊に浸ってきた。

日本の電力会社は完全なる地域独占企業で競争もない。発電と送電というライフラインを一手に牛耳り、資本と資金力はケタ外れ。天下りなどを受け入れるから官公庁とのパイプは太く、カネや票で政界とも結びつく。しかも傘下の御用労組まで巨大だから、与野党の双方に睨みが効く。豊富な資金力を背景に大量の広告を出すから、メディアだって及び腰になる。

そんな電力会社が運営する原子力発電は、官民を挙げた極めて特異な巨大事業だった。ひとたび事故が起きれば壊滅的な被害をもたらす原発は、各地で強烈な反対運動が起きていたが、これを政治とカネの力で強引に押さえつけてきた。それでも喧しい反対論を封じようと躍起になるうち、「原子力ムラ」と揶揄される電力会社、監督官庁、関連学会などが結託し、癒着し、偽りの「安全神話」をつくりあげた。