1つは、仕事場での明確な先輩・後輩序列をもとにした、先輩によるきめ細かい指導である。仕事が終わってから、今日の座敷での立ち居振る舞いのなかでどこがよかったか、なぜよかったか、どこがよくなかったか、なぜよくないのかについての、先輩からの説明は有益である。先輩が示すよい手本から学べることは多いが、先輩がなぜそうしたかの説明をしてやれば、学びの質をさらに高めることができる。

現場での訓練では失敗は避けられない。顧客の気持ちが十分に読めないと見当違いの対応をしてしまうこともある。そうした失敗が起こったときには、先輩による臨機応変な取り繕いが必要になる。このように職場での学びは、職場の人間関係のなかで行われるのである。現場で先輩たちに好かれるようにすることも大切である。

もう1つは、学ぶ側の心構え、姿勢である。学ぶ側に、先輩から虚心に学ぼうとする心構えや、先輩を尊敬する態度がなければいくらよい指導をしても、指導の効果は発揮されない。そもそも、先輩の側に指導してやろうという気持ちが湧かない。先輩をうまく動かせるのは、後輩の姿勢や心構えである。学ぶ側の姿勢や心構えを形成するうえで重要な役割を演じているのは、職場で伝承されている「言葉」だと西尾さんは言う。京都の花街には意味深長な「言葉」が伝えられていると西尾さんは書いている。

最近の若い人々は、マニュアルがないと育てられないと思い込んでいる先輩が多い。そうなるのは、若い人々に日本的育成法が通じないからではなく、学ぼうとする姿勢がうまく涵養されていないためである。祇園の舞妓さんの育成は、中学卒業後の15歳から始められることが多い。それから2年もたたないうちに、お父さんの年代をはるかに超え、おじいさんの年代に近い人々の宴会でも臨機応変な対応ができるようになる。普通に進学していたら高校生の年代だ。これほど若い世代の人々でも、日本式で育て、日本式の臨機応変なサービスができるようになるのだ。先輩から学ぼうとする姿勢が涵養されているからだ。それは花街で伝えられている言葉を通じて伝承されると西尾さんは言っている。その「言葉」を知りたい読者は、西尾さんの新著を読んでほしい。

【関連記事】
なぜ「レストラン閉店後の利用」にも応じるのか -ザ・リッツ・カールトン東京
ホテルマンに学ぶ「Yes,but」コミュニケーション
10億円売り場つくった「おんな心の掴み方」
『日本人にしかできない「気づかい」の習慣』
頂点のサービスをつくる「トンボの眼、ダンボの耳」