蔦重の原点は「工夫」

蔦重はまず妓楼や茶屋の経営者に、遊女たちの待遇改善を頼み込むが、相手にしてもらえない。そこで田沼邸に乗り込んで、田沼意次に直々、岡場所や宿場を取り締まる「警動」をしてくれないかと談判した。

幕府公認ゆえに運上や冥加、すなわち税金をちゃんと納めている吉原が、非公認の遊郭に押されているのは道理に合わない――。それが蔦重の主張だが、意次は「警動はできない」という。宿屋を発展させて経済を活性化するのは「国益」だというのだ。

そのうえで意次が放った言葉が、蔦重の心をとらえた。「人を呼ぶ工夫が足りないのではないか。お前はなにかしているのか、客を呼ぶ工夫を」。蔦重は答えた。「お言葉、目が覚めるような思いがいたしやした! まこと、ありがた山の寒がらすにございます」。たしかに蔦重の人生を振り返れば、「人を呼ぶ工夫」こそが原点である。