「全国にある小さな和菓子屋、病院や施設と契約します。材料や製造方法を共有して、地域の味で販売してもらうんです。伝統行事のお菓子にもいいですね。今、廃業に追い込まれる和菓子屋もたくさんありますが、もったいない。現地で生産できたら、もっと安価で多くの人に楽しんでもらえます。地域独自の味を足して作ってほしくて。例えば、ずんだを使ったおかゆ大福とか、地元の人に喜ばれますよ」

中村さんは今後、おかゆ大福のライセンス販売に力を入れていく予定だという。

「成功するまでやめなければ失敗じゃない」

2024年1月1日に発生した能登半島地震。中村さんはすでに10回、被災地の能登へ出向き、ボランティア活動をしている。お菓子の力で困りごとを解決したいという思いは今も当時のままだ。

「最初は瓦礫(がれき)の片付けなどをし、高齢者施設でおかゆ大福も配りました。最近は和菓子教室を開いたんです」

介護施設七尾
写真提供=中村さん
「おかゆ大福」を配った高齢者施設からの手紙
災害ボランティア
写真提供=中村さん
能登半島地震の被災地(石川県輪島市)でのボランティア活動の様子

仮設住宅は抽選で当たった人に割り振られることが多く、地域が異なる見知らぬ人たち同士が集まる。コミュニティーとしてまとまりにくいと感じた中村さんは、仮設住宅で和菓子教室を開くことにした。

「一人4品作ると、次第に空気が一つになって『楽しかった』『またやりたい』という声をもらいました。和菓子屋と災害ボランティアの違う道を歩いていたら、同じ道にたどり着いた、そんな感じがします」

写真提供=中村さん
石川県輪島市で開いた和菓子教室

新しいことに挑戦し続ける中村さんは、老舗和菓子店18代目というプレッシャーや、失敗に対する恐怖はないのだろうか。改めて尋ねてみた。

「伝統とか、このスタイルを守ることにこだわりもないんです。とにかく、今のニーズに役立ちたいと考えています。『おかゆ大福』はそれができるコミュニケーションツールです。成功するまでやめなければ失敗じゃないしね」

中村さんの行動力の原点は、お菓子を通して人に優しく寄り添う気持ちなのだろう。最後に「おかゆ大福」は完成したんですよね? と聞いてみた。

「いや、もっとおいしくなるように試作していますよ」

中村さん
筆者撮影
和菓子職人と災害ボランティア。2つの顔を持つ中村さんだからこそ「おかゆ大福」を生み出すことができたのだろう
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