注文していたのは、この夫婦の娘さんだった。当時70代の父親は難病で、ベッド上の生活を送っていた。食事は細かく刻んで出していたが、飲む力が弱いため、のどに詰まらないかと家族はいつも心配していた。そんな父親に娘さんがおかゆ大福を差し入れたことから、毎月78個の注文が始まったのだという。
「お父さんは、1日に2個、おかゆ大福を食べるのを楽しみにしてくれたみたいなんです。冷凍庫がいっぱいになる78個を注文してくださってました」
そこからさらに2年、注文が続いたが、ある時から電話がなくなった。中村さんは心配して連絡すると施設に入所したと伝えられた。
「電話から1年後かな、娘さんがお店に来てくれたんです。そこでお父さんが亡くなったことを知りました。そしてお礼を言ってくださいました」
中村さんは顔を緩ませながら話してくれた。
これからも和菓子が愛されるように
「おかゆ大福を購入してくれる人って、年老いた家族のためにという人が多いんです。昨今の和菓子離れを考えると、若い時から馴染んでもらう環境を作りたい。年をとってからおかゆ大福が懐かしいと思ってくれる商品を考えています」
中村さんは、将来和菓子が廃れないように、若い世代へアプローチする方法を模索している。おかゆ大福は通常の大福と異なり、非加熱で作る。非加熱で若い人に馴染みのあるもの……。思いついたのは「乳酸菌」「野菜、果物」「アルコール」だった。
その名も「ヤクルト入りおかゆ大福」「スムージーおかゆ大福」「日本酒おかゆ大福」だ。これらは、材料である水の代わりにヤクルト、野菜や果物の水分、日本酒を使用する。食感はおかゆ大福だが、どこかで食べたことがある懐かしい味わいになった。百貨店の催事に出すと若い女性から好評だったという。
「おいしい日本酒を飲んでいるように、口の中でジュワッと広がります。そこに甘い餡が味わえて、大人のデザートですね」
各地の味を、おかゆ大福で味わえるように
「動かないと道は拓けないのでね」と語る中村さんは、言葉どおり模索と行動を続けてきた。おかゆ大福を広めるために、介護や看護の県大会、全国大会などの企業ブースに出店し、多くの参加者に試食してもらった。この8年間で合計約600の施設・病院と取引し、おかゆ大福の販路を広げてきた。そのなかで中村さんは地方からのニーズが高いことに気がついた。都会ではさまざまなお菓子が手に入るが、地方ではそうとは限らないからだ。
「地方にこそ和菓子店は必要です。ただ、伊賀から全国に発送すると送料がかかって、お客さんの負担になるでしょ」
手頃な価格で、各地のニーズに合ったおかゆ大福を、多くの人に食べてほしい――。いま中村さんが思い描いているのは、おかゆ大福の製造のノウハウを全国の事業者に提供することだ。