大叔父の窒息事故

それからしばらく時が経ち、2013年、中村さんが53歳のお正月のこと。東京に住む95歳の大叔父が雑煮の餅を喉に詰まらせて入院したと連絡があった。病院へ運ばれた時にはすでに意識はなく、入院1カ月後に亡くなった。

「僕も専門学校の時に半年ほど居候していたんです。ゴルフをしている元気な姿を知っていただけに、大叔父の最期がこういう形って、虚しさがありました……」

いつも餅を扱っている自分が、まさか餅が原因で親戚を亡くすとは――。こうして"のどに詰まらない大福"を作り始めた……という単純な道のりではなかった。

「餅による窒息事故が繰り返し起こってるのは知っていました。ただ、身近で事故が起こってもまだ『よっしゃ、喉に詰まらない大福を作ろう』という気持ちはまだなかったんです」

その頃中村さんは、店の人気商品である大福を、より柔らかい生地にするために試作していた。従来のレシピにとらわれず、理想の大福を探し続けていた。

「生地をさわって成形できるかどうか、まずはそこが基本なんです」

大福を作るとき、もち粉、水、砂糖を混ぜて生地を平たく伸ばし、餡を丸く包むことができないと次の工程には進めない。量のバランスが少し違うだけでベタついたり、硬くてひびが割れたりする。この基本の工程を繰り返して最適な硬さの皮を作るのだ。

「ここで一番難しくて、大切なのは砂糖なんですよ。甘さの度合いはもちろん、生地の硬さ、日持ちも砂糖にかかってます」

おかゆ大福を作る中村さん
筆者撮影
バランスの少しの違いが、大福の仕上がりに影響するという

試作を繰り返す中での"ひらめき"

大福の皮には上白糖を使う。これらを溶かす水の温度も重要だという。温度が低いと砂糖が結晶化し、粉を混ぜても硬くなり、捏ねる際の作業効率が落ちる。反対に温度が高いと風味を損なう。季節によっても温度を変化させなければいけない。砂糖と水の組み合わせだけでも、限りないパターンがある。

「餡はグラニュー糖を使うんですが、糖度43~70度の間で調整します。甘さ控えめのトレンドで、砂糖を少なくすると、皮との糖度が合わなくて、まずくなるんですよ」

皮、餡の個々の甘さを調節して味が決まっても、一緒に口に入れたときにおいしいとは限らない。これを微調整しながら全体のコンビネーションを整えていく。

こうした試作を繰り返すなかで、おかゆ大福に通じる"ひらめき"があった。

「もち米や、うるち米を粉にしてくれる2次加工の業者があってね。新商品が出るたびにチラシが送られてくるんです。その粉に適したお菓子の提案や、セールスポイントが書いてあるので、試作のためによく購入するんです。業者が新しいうるち米粉を紹介した時、それを購入して大福の皮を作ってみたんですよ。もちろん一般的な大福を作る工程と同じです。ただ、もち米粉と違って、うるち米はさらにまとまりづらく、配合の調整が難しかったんです。でも出来上がった皮を試食したとき、ついにこれだと思いました。適度な粘りはあるけれど、大福のようには伸びず。食べるときに口の中で切れもよくて、味もおいしくて。そのときに、亡くなった大叔父のことが頭をよぎりましたね」

中村さんが、おかゆ大福の原点にたどり着いた瞬間だった。

中村さん
筆者撮影
この工房で試作を繰り返し、おかゆ大福は生まれた