トヨタ自動車の企業内学校「トヨタ工業学園」では、3年間の高等部、1年間の専門部に分かれて自動車開発に必要な技能を習得する。そこではどんな指導が行われているのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんによる連載「トヨタの人づくり」。第3回は「部下の『わからない』にどう対応するか」――。
修理用車両のディスクブレーキ、新タイヤ交換の過程で
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人目を気にする日本人は自意識過剰?

わたしは10年以上、定期的にトヨタの生産現場へ出かけて行って、現場の変化を見ている。1時間近くも生産ラインのそばで見学していたこともある。作業者はやりづらいかなと思ったのは最初のうちだけだ。彼らは自分の仕事を考えながら自由に仕事をしている。

「目の前の作業や設備のどこをカイゼンしようか」と考えながらやっているから、他人が見ていることなど気に留めていない。

これは海外のトヨタ工場ほど顕著だ。ケンタッキー工場でラインを見ていた時、目が合うと、サムアップしてくれた作業者がいた。わたしが見つめていたことなどまったく気にしていなかった。日本人のほうが自意識過剰なのかもしれない。ケンタッキー工場の作業者はわたしがいたからといって精勤する真似をすることもなかった。時間が来たら、すぐに休憩に行った。他人の視線など気にせず、自分の仕事に集中していた。

トヨタ流「褒める、叱る」よりも大切なこと

ケンタッキー工場の上司はラインにいる部下に向かって叱責することもなかった。かといって、「すばらしい」「やあ、いい仕事だ」なんて声をかけることもなかった。上司は様子を見守っていた。褒めることもなく、叱責することもなく、教えることもなく、じっと見守る。それがトヨタの現場教育だ。上司は働く部下をリスペクトし、評価する。だからといって現場で褒めたり持ち上げたりすることはない。

わたしはそれと同じことを学園の指導員にたずねてみた。

「学園では生徒に対して、褒めたり、叱責したりという指導をしているのですか?」

すると、次のような答えだった。

「褒めることはもちろんあります。褒めることは、その本人がしっかりと仕事をこなせていることの実感に繋がりますし、重要です。しかし、褒めるだけですと、その後どうカイゼンしていけばいいのか分からず、カイゼンが止まってしまう恐れがあります。

そこでカイゼンを続けるためには『見守る』ことが重要になってきます。そのため、弊社および学園では『褒める』、『見守る』。どちらも重視しております」

褒めるだけでは人間の成長は止まってしまう。褒めたら見守る。見守りながら褒めるのがトヨタ、学園の人づくりだ。