豊川悦司が狂気的な地面師ハリソンを怪演したドラマ「地面師」(Netflix)は、実際に起こった不動産詐欺事件がヒントになっている。ノンフィクション作家の森功さんは「2016年に法廷で、いかにも詐欺集団を率いる親玉然とした内田マイクを目撃した。内田はその後の保釈期間にも、世田谷のビルをめぐる5億円詐欺で暗躍していた」という――。

※本稿は、森功『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』(講談社文庫)の一部を再編集したものです。

町田警察署
地面師たちによる「世田谷不動産詐欺事件」を捜査した町田警察署(画像=あばさー/PD-self/Wikimedia Commons
森 功『地面師』に登場する実在の地面師たち

内田マイク
地面師詐欺の頂点に立つとされる犯行集団の頭目。1990年代後半のファンドバブル当時に「池袋グループ」を率いて暗躍。逮捕されて服役したのち、数年前にカムバック。ほとんどの主要事件で、その影がちらつく。

北田文明
内田と比肩する大物。金融通で銀行融資を組み合わせた“逆ザヤ”という詐欺の手口を編み出したとされる。地面師の中でも最も稼いでいる一人。

亀野裕之 
不動産法規に通じた名うての悪徳司法書士。宮田を地面師の世界に引き入れた張本人で、簡単な書類の偽造なら自ら手掛けるほどの手練。世田谷事件で北田とタッグを組んだ。

大物地面師・内田マイクに再び逮捕状が出た「世田谷事件」

「焼身自殺しようかと思った」

捜査員にとっては、仕事納めギリギリのタイミングだったといえる。2017年12月2日土曜日の午後7時過ぎのことだ。警視庁町田警察署刑事課の私服刑事が手分けし、東京都内の関係先を張り込んでいた。最大の捜査対象の一人が北田文明、そしてもう一人が内田マイクだった。

赤坂の駐車場をめぐって鈴木兄弟になりすまし、ホテルチェーン「アパグループ」から12億6000万円をだましとった地面師たちを逮捕したのが11月8日から29日にかけてのことだ。警視庁捜査二課はそこから間髪を入れず、新たな捜査に乗り出した。それが、かつてNTTの寮として使われていた世田谷の土地・建物をめぐる詐欺事件だった。捜査当局の狙った北田と内田。二人が多くの地面師事件で中心的な役割を果たしてきたことは繰り返すまでもないが、この時期に彼らの本格捜査に踏み切ったのは、別の理由もあった。

内田マイクは、すでに2015年11月、杉並区浜田山の駐車場オーナーになりすました2億5000万円の詐欺事件で逮捕・起訴されている。それから2年後のこの年、東京地裁の一審、東京高裁の二審判決ともに実刑判決が下った。が、当人はこの間、控訴、上告して保釈中の身となり、相変わらず優良不動産を物色し、新たな事件の裏で糸を引いてきた。

一方、もう1人の北田もまた、詐欺事件の前科前歴がある。が、この数年は逮捕されていなかった。警視庁捜査二課にとっては、厄介な2人を野に放ったままだ。そんなときに着手したのが、世田谷のこの事件だった。警視庁捜査二課は2人のスター地面師を同時に捕まえられる好機だととらえていたのだろう。しかし、事件現場となった所轄署の刑事たちに本庁ほどの熱が入っていたわけではなかった。後述するとおり、そのせいで捜査はずいぶん迷走する。