平均3500万円を墓場に持っていく

個人金融資産の8割以上は、50代以上の世帯が保有している。しかし戦中、戦後の貧しい時代に育った高齢者世代というのは、貯蓄奨励で生きてきたうえに、政府を信用しない人たちだ。従って、いざというときに備えて資産を使わずに、平均3500万円を墓場に持っていくのである。

だから話は非常に簡単で、金を使う気にならない彼らの凍てついたマインドを溶かして、1500兆円の金融資産が買い出動するような政策を1つずつ出していくことに尽きる。

アベノミクスのような20世紀の金融緩和や財政出動政策では、1500兆円の個人金融資産はピクリとも動かない。「国土強靭化計画」で防災対策を施し、老朽化したインフラをつくり直しても、経済波及効果は見込めない。新しい橋を架けたり、トンネルを掘ったりすれば交通が便利になり少しは経済効果が見込めるかもしれないが、崩れかけたトンネルや壊れかけた橋を直しても、交通量は変わらない。1000年に一度やってくるかもしれない津波のためにスーパー防波堤をつくっても、投資に見合った雇用が生まれるだけで経済誘発効果はゼロだ。

90年代に自民党政権が公共投資でばら撒いた130兆円が何の経済効果もない無駄遣いだったことは、福井俊彦元日銀総裁が認めている通りだ。

勤労貯蓄をよしとして生きてきた高齢世代にどうやってお金を使わせるか。その答えを導き出すのに、難しいマクロ経済学は必要ない。要は「3500万円持って死んでいくことが本当に幸せなのか」と資産リッチな高齢世代が自分自身に問いかけたくなるような政策にすることが大切なのだ。

彼らに「国が全部面倒を見てくれるとしたら、3500万円でやりたいことはないか?」と聞いてみればいい。答えはいくらでも出てくるだろう。

「家は建て直せないまでも、キッチンとお風呂場ぐらいは改修したいし、バリアフリーにしたい。でも改修費用が700万円もかかるから……」

こう思っている人に向けて、「家を500万円以上かけてリフォームした場合、その領収書を持ってくれば、残りの人生は税金を納めなくていい」などの特例を設ければ、喜んでお金を使うはずである。

また日本の生前贈与は被相続人が亡くなったときに清算して相続税を支払わなければならない仕組みである。たとえば親の資産8億円から4億円を生前贈与されたとしても、相続税の支払いが大変だと思うから、親が死ぬ前に使うことは待とうとなる。せいぜい相続税を払って、残ったら使うくらいで、経済誘発効果のない生前贈与なのだ。

法定相続人でも愛人でもいいので、生前贈与されたお金を使った場合にそれらを証明する領収証があれば、その分は相続時に清算する相続財産の対象外にする――。こうした方向で相続税法を少し改正するだけで若い世代への生前贈与、つまり富の移転はもっと進むだろうし、そのお金がどんどん市場に出てくるはずだ。

しかし今後予定されている相続税の増税はこれらと発想がまったく逆である。最高税率を上げて、基礎控除を下げれば、資産家も小金持ちも財布のヒモを固くするばかりだ。

先行きどうなるかわからない将来不安の中で、「今、お金を使ってしまったらミジメになるかもしれない」と思っているから日本人は貯金に手を付けない。その気持ちを「お金を使ったら人生は豊かになるし、子供や孫からも感謝される」という方向に変えることが大切で、そのアイデアなら拙著『大前流 心理経済学』(講談社)にいくらでも書いてある。要は金を持っている人に使わせる政策に集中することである。民主党は逆に高校無償化や個別補償などで富の分配に拘りすぎたから景気が上向かなかったのである。

日本は世界で最も高齢化が進み、その高齢世代が個人金融資産の大半を握っている。その世代の心理を理解して、お金を使いたくなるような政策を提示できれば、アベノミクスが馬脚を現し始めたときに民主党にも再びチャンスが巡ってくる。

(小川 剛=構成 ライヴ・アート=図版作成)