日本は素晴らしい軟着陸国家である
2年前、私は世界には互いに連関した4つの地雷があると警告した。ヨーロッパの国家債務危機、リーマンショック以降低迷長引くアメリカ経済とドル危機、中国のハイパーバブル、そして日本のギネス級の債務問題。この4つの地雷は雷管が相互につながっていて、どれか1つが爆発すれば最終的には全部爆発して世界経済は吹き飛ぶ、と。
今の状況を個別に見れば、雷管が抜かれた地雷は1つもない。さらに大きく膨らんでいる地雷もある。ところが、考察を深めてみると、どの地雷も爆発はしそうにない。なぜ爆発しないのか――。最近の私の研究テーマでもあるのだが、1つの理由はそれぞれに「生命維持装置」が機能しているということだ。
たとえばEUはこの1年で何度も地雷を踏みそうになった。しかし、結局は財政支援を行う常設基金としてヨーロッパ安定化メカニズム(ESM)が発足し、欧州中央銀行(ECB)と合わせて100兆円規模の資金を確保できた。しかもECB総裁のマリオ・ドラギが、スペインやポルトガルのようなリスクの高い国債でも「ユーロを維持するためなら、無限に買う」と発言して、マーケットを一気にクールダウンさせた。
日本の債務問題も完全にテクニカルノックアウトの領域なのだが、何だかんだと名目をつけて国債を発行している。市場の秩序を乱さないよう粘り強く、慎重に輪転機を回し続けているのである。
中国にしても今や民間企業の負債、地方自治体の負債、政府系企業の負債合計がGDPの200%を超えている。民間企業の借金だけでGDPの100%を超えているのだ。日本でいえば企業の負債が500兆円あるようなもので、これは永遠に返済できない。
そんなに貸し込んだら次は銀行が潰れるが、中国の銀行は国営だから潰さない。政府当局はAMC(資産管理会社)の発行する政府保証付き債券へと転換する形で買い取り銀行の不良債権をマジックのように消してしまった。
日本や中国と比べると、財政赤字の上限が議会で決められているアメリカはあからさまに輪転機をフル活用するわけにはいかない。それでも金融緩和と財政出動でアメリカ経済は延命を続けている。
「4つの地雷」という根本的な問題は何も変わっていない。しかし皆、自分から地雷を踏んで「○○発の世界恐慌」の責任を取りたくないから、知らん顔して、いわばゴムを伸ばして風船を膨らまし続けている。
昔の経済学でいえば、すでに“詰んでいる”状態だから、従来型のマクロ経済政策では何をやっても実体経済はよくならない。抜本的な対策も打てず、ゴムが伸びているうちは破裂しないという理屈で、inch by inchでゴムをストレッチさせているだけ。世界全体が過剰流動性の水瓶に水没している、といってもいい。皮肉な言い方をすれば、節度のない生き方については、日本はある意味モデル国家である。先進国で唯一、高度成長からソフトランディングして、20年間も低成長を続けてきた。スペインでは若年層の失業率は 50%を超えて、あちこちで暴動が起きているというのに、日本の失業率はまだ4%台で社会不安も起きずに国が成り立っている。
この15年であらゆる所得層の年収が100万円減っているのに、大規模ストなどの労働争議も起きていない。ホームレスは景気がいいといわれる韓国よりも少ない。日本は素晴らしい軟着陸国家なのだ。
「では、この先20年、日本は持つか?」というのは野暮な質問だ。私は「今のままでは日本は持たない」と思ったから25年前に「平成維新」を訴えた。私の予言は外れたが、1つだけ正しかったことがある。それは国民の平均年齢が50歳を超える2005年を過ぎたら、改革はできなくなるということだ。
どんな組織でも平均年齢が50歳を超えたら“変化”を嫌うようになり、改革などという言葉自体が出てこなくなる。これまで私はそういう会社や市町村をいくつも見てきた。国家も会社のそれと同じで国民の平均年齢が50歳を超えたら国を変えよう、社会制度を再構築しようというインセンティブは急速に失われる。
そんな時代に「大阪維新」などと立ち上がるのは偉い奴である。しかし、一般大衆は「お、威勢のいいのが出てきたな」と高座を見ているような感じで、ムーブメントが長続きしない。