石破氏と安倍氏によるまさかの決選投票

12年9月に民主党の党首選挙と自民党の総裁選挙が行われ、民主党は野田佳彦首相が再選、自民党は安倍晋三元首相が第25代総裁に選出された。

9月26日の自民党総裁選挙で、安倍氏が石破氏を逆転して再登板を果たした。(AFLO=写真)

対照的な党首選だった。有力な対抗馬が出ることなく、全く盛り上がらずに終わった民主党に対して、自民党の総裁選は有力候補5人が立候補し、決選投票に持ち込まれる大接戦。野党自民党の総裁選の動向にメディアの注目も集まった。

自民党の総裁選をドラマチックにしたポイントは2つある。一つは石原伸晃前幹事長の出馬による「谷垣降ろし」である。谷垣禎一前総裁がそのまま出ていたら、民主党同様に全く盛り上がらなかった可能性もあった。

もう一つは町村信孝元官房長官の急病、戦線復帰である。あのまま総裁選から撤退していたら、町村票がまとめて石原氏に流れる公算が高かった。ところが町村氏が選挙戦を続けたために、票が分散する結果になった。

大方の予想では長老の支持を取り付けた石原氏が1位で、注目は安倍氏と石破茂氏の2位争いだった。もともと安倍氏と石破氏は犬猿の仲ではないし、考え方も近い。決選投票では2位、3位連合で1位の石原氏を逆転するという「密約」ができていたとも言われている。

ところがフタを開けてみれば、1回目の投票で誰も過半数を獲得できないのは“織り込み済み”だったにしても、第1位が地方票で断トツだった石破氏で、2位が安倍氏、3位が石原氏という予想外の結果。石原氏は国会議員票ではトップだったが、選挙中の相次ぐ失言で自滅した格好だ。

石破氏と安倍氏によるまさかの決選投票は、石原氏をサポートしていた長老および派閥系の票がそっくり安倍氏に流れて、逆転で安倍総裁が誕生した。

今回の総裁選は自民党にとって非常に意味があるものになった。一つはドラマチックな展開で有権者の目を引きつけたことだ。そして谷垣総裁が降りて、長老たちがこぞって推した石原氏が敗れたことで、「長老支配の自民党が変わった」「自浄効果があった」という印象を与えることにも成功した。無派閥の石破氏の健闘ぶりなどは、これまでの自民党では考えられないことだ。

党員・党友の票を集めた石破氏を選挙の顔である幹事長ポストに抜擢し、幹事長代行に菅義偉元総務相を据えた党人事も評判がいい。自民党きっての良識派といわれる菅氏なら、民主党政権に引っ掻き回された財界も納得がいく。これだけの布陣は民主党にはできないし、ましてや「日本維新の会」ではお話にならない。

私自身は自民党に二度と期待するつもりはないし、応援しているわけではない。今回長老支配は失敗したが、彼らが消え去ったわけではない。しかし、この数カ月の国民心理を見ていると、自民党に対する期待感が一気に高まったように思える。

「民主党政権には愛想が尽きたけど、自民党に戻るのは嫌」というムードが強かったが、総裁選を契機に、「もう一度自民党にやらせてみるか」という機運が出てきたのだ。世論調査の結果を見ても、自民党に対する関心が相当に上がったことがわかる。

対する民主党は支持率の下落に歯止めがかからない。もはや「次の総選挙は勝てない」ということで離党が相次いで、過半数割れギリギリまで追い込まれている。民主党に残った人々も選挙後に国会に戻れるかどうか確信を持てない人が多く、あらゆる逃避先を模索しているのが現状だ。

特に比例区で受かった議員は日本維新の会への合流が目立つが、その日本維新の会にしても代表の橋下徹大阪市長と脱走してきた国会議員団の不協和音が聞こえてくるなど、ひと頃の勢いを完全に失った。見方を変えれば、少なくとも今回の総裁選で自民党は維新の会に対する恐怖を払しょくできただろう。

そうなると自民党は攻勢を強めてくる。秋の臨時国会の冒頭で不信任決議案を提出して一気に野田政権を追い込むか、あるいは特例公債法案と1票の格差を是正する「0増5減案」の成立を待って、年内に「近いうち解散」になるのか、それとも年明けにずれ込むのか。本記事が出る頃には、すでに国会が解散していても不思議ではない。石原(慎太郎)新党と維新の会がくっついて一時的にマスコミ人気が出ても少し持久戦に持ち込めば熱は冷める、という見方にもつながってくる。橋下氏も石原慎太郎氏も持久戦に耐えるほどの組織と構想を持っているわけではない、ということを自公民はよく知っているからだ。

そこで気になるのが、次の総選挙の“争点”である。

まず与党民主党に提起できる争点はないと思う。今度はマニフェストで何を持ち出してきても誰も信用しない。たとえば「社会保障と税の一体改革」を争点に掲げても、「おまえら、社会保障改革は先送りで、結局、消費税を上げただけで終わったじゃないか」と批判されるのがオチだ。

民主党としては、「皆さん、お願いします。我々が始めた改革を最後までやり遂げさせてください」と訴えるのがせいぜいだろう。

「脱原発」を争点に掲げることは可能だが、「2030年までに原発稼働をゼロ」を財界やアメリカの反発を怖がって閣議決定できなかった腰砕けの民主党では誰も信用しない。