特徴は「短いキーワード」「イメージしやすい表現」

聞き手の印象に残る言葉を使っているところも特徴的です。例えば、「先送り待ったなし」「美しい国、日本」「日本を、取り戻す」。言いたいことをパッとわかるような言葉にまとめています。

安倍氏の話す姿をこのようなキーフレーズと共に思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。「アベノミクス」もまさにキーフレーズのひとつです。

また、キーワードを短くすることも意識していました。政治家の方は、「1つ目は~、2つ目は~」といわゆるナンバリングを使用しますが、過不足なく説明することを優先してしまい、そのあとの言葉が長くなりがちです。

例えば「1つ目は、持続可能な社会保障の実現と、安心して暮らせる社会づくりについてです」という話し方です。せっかくナンバリングをしていても、これだと聞いている側にはなかなか情報が入ってきません。

安倍氏はこのナンバリングについても、「1つ目は人材の育成、2つ目はイノベーション」といった形で、あとに続くワードがシンプルで短いことが特徴的でした。

話す内容自体も、文字に起こしてみるとひらがなと漢字のバランスが絶妙です。難しい言葉や表現を多用すると漢字ばかりが並ぶ文章になるのですが、そうはなりません。聞き取りやすく、わかりやすい話し言葉を話しています。

「特定の団体、既得権を持つ人達、あるいは特定の考え方を持つ人達のための政治を行おうとは考えていません。

毎日真面目に汗を流して働き、家族を愛し、地域を良くしたいと願っている、私達の国、日本を、その未来を信じている、普通の人たちのための政治をしっかりと行っていきたい、そのように考えています」

(2006年9月9日 安倍晋三氏 自民党総裁選の所見発表演説)

安倍氏の話し方を分析してみると、話し言葉の性質というものをよく理解されていたのだろうと感じます。

話し言葉は時間とともに消えていき、聞き手の記憶からも薄れていきます。なので、短いキーワードやポイントを示したり、頭のなかにイメージが浮かびやすい平易な表現を用いることが重要なのです。

総じて安倍氏は、「聞き手が受け取りやすい」言葉を使うことを意識していたのではないでしょうか。

憲政史上最長の実績につながった

わかりやすさや、人の良さという点はもちろんのこと、状況に合わせて強さを表現できる点が印象的です。その背景として、声の大きさと高さの使い方のバリエーションが広いことがうかがえます。

今回も、前半の笑いを起こすようなところではやわらかい話し方をし、そこからより強めの話し方に変えていることがわかります。

また、解散時の街頭演説では、また一段階高い声のトーンへと変化させていました。声の高低を味方につけることができると、自分の気持ちを前面に出すことができます。

安倍氏は、決して滑舌がクリアなほうではなかったものの、そのような細かい部分が気にならないくらいの迫力を感じられます。

2006年、安倍氏は高い支持率の中で総理大臣になりましたが、政権運営の不調や体調の問題が重なり、1年で退陣を余儀なくされました。その後、2012年には再び自民党総裁に返り咲き、総選挙で大勝。通算で、憲政史上最も長く政権の舵取りを担いました。

また、安倍氏は外交政策に関してスピーチライターを起用していたことも有名です。

スピーチを手掛けた谷口氏は著書で「安倍総理には、自分のスピーチで日本外交の地平を切り拓こう、広げようとする強い意欲があった。おのれの演説で、日本の国益を守りかつ育て、天下に日本の姿を知らしめたい――と、発信へのそんな強い熱情があった」(谷口智彦『安倍総理のスピーチ』文藝春秋)と語っています。

ここからも、安倍氏が“伝える”ということに対して情熱を持っていたことがうかがえます。伝えることへの前向きな気持ちが、結果をつくっていったとも考えられます。