「自分の信念」や「価値観」を大事にした

その後、以下のように続きます。

「皆さん。人間というものは生きている間は短いんです。せめてその短い生きている間、今よりも良い生活環境を作って、人生を楽しみながら、この世に生まれた喜びを感じながら、親も子も孫も一緒に楽しい人生が送られるような社会を作ることが大事であります」
(1972年 田中角栄氏の街頭演説)

政治演説でありながら、まるで自らの人生哲学を示すかのような語り口です。このように、演説のなかで、自分の信念や価値観を入れて話すことはとても重要だと私は考えています。

話を聞く市民の政治認識にはばらつきがあり、より多くの人にリーチしようと思えば思うほど、具体的な話だけでは届きにくくなります。

田中氏のように「自分の信念や価値観」を話すことができれば、聴衆は「いい価値観に触れられた」と前向きに話を聞き進めることができるのです。

田中首相、青森で演説会 総選挙
写真=共同通信社
6000人にのぼる超満員の聴衆を前に熱弁を振るう田中角栄首相=1972(昭和47)年11月22日、青森県立体育館

「早口」「ゆっくり」を巧みに使い分けた

演説の中盤、田中氏はわざとはやく話しはじめます。彼の演説というと早口でまくしたてるように話す場面を思い起こす人も多いと思いますが、まさにその象徴のような場面です。

これは明らかに意図的に行われているもので、あえて早く話すことで、言葉が止まらないほどの熱量があることを示しています。

それだけでなく、間をまったく空けずに早く話すことで、聴衆に反応する隙を与えません。これにより、その場に緊張感を生み、話を真剣に聞く雰囲気を作り出しています。

惹きつけて早く話すパートの後、重要なことを伝える部分では、それまでとは対照的に太い声を使ってゆっくりと話すのです。そして、間もたっぷり取りながら拍手を促します。この速さの緩急によって聞き手はさらに惹きつけられ、ついつい「聞き入って」しまう演説になっていたのです。

この演説を発表した総裁選を経て、1972年7月7日、田中角栄氏が54歳で、第64代内閣総理大臣に就任しました。

こうしたポイントからもわかるように、田中氏の人を惹きつける力は絶大で、選挙での勝利に繋がっていたのです。選挙での大勝により、田中氏のリーダーシップはさらに強化されたことでしょう。

彼のリーダーシップと実行力は、今なお日本の政治史において特筆すべきものとして語り継がれています。