年齢が上がるにつれて、収益率はどんどん低下

図表1は、ノーベル経済学賞を受賞したヘックマン教授らの著書で用いられた、人的資本投資の収益率を年齢別(またはライフステージ別)に表したもので、縦軸は人的資本投資の収益率、横軸は子どもの年齢を表しています。

図表1からも明らかなように、人的資本投資の収益率は、子どもの年齢が小さいうちほど高いのです。就学前がもっとも高く、その後は低下の一途を辿っていきます。そして、一般により多くのお金が投資される高校や大学の頃になると、人的資本投資の収益率は、就学前と比較すると、かなり低くなります。

ヘックマン教授らのエビデンスに基づく概念図は、人的資本への投資はとにかく子どもが小さいうちに行うべきだということを示しています。ただし、ここで「明日からでもわが子を学習塾に通わせよう」と考えるのは拙速です。

「教育」と限定せずに「人的資本」への投資、という言い方をしたのには理由があります。

人的資本とは、人間が持つ知識や技能の総称ですから、人的資本への投資には、しつけなどの人格形成や、体力や健康などへの支出も含みます。必ずしも勉強に対するものだけではないのです。学力以外の能力はとても重要ですから、本書で章を分けて詳しく述べることにします。

九九ができないと微分積分はできない

なぜ、就学前の子どもの人的資本投資の収益率は高いのでしょうか。

ひとつは、人生の初めの段階で得た知識は、その後の教育で役に立つからです。九九ができないと因数分解ができず、因数分解ができなければ、微分積分もできません。

この主張の根拠となっているのは、シカゴ大のヘックマン教授らの研究業績です。

ヘックマン教授らは、1960年代から開始され、現在も追跡が続いているミシガン州のペリー幼稚園で実施された実験に注目しました。

「ペリー幼稚園プログラム」と呼ばれるこの就学前教育プログラムは、低所得のアフリカ系米国人の3〜4歳の子どもたちに「質の高い就学前教育」を提供することを目的に行われ、今なおさまざまなところで高く評価されています。