コミュ力の高かった嘉子、口述試験は余裕だったが……

しかし、筆記試験の時と比べて嘉子には余裕があった。口述試験なら自分は上手くやれる。そんな自信があった。思い込みの激しさ、それが有利に働くこともあるのか。コミュニケーション能力に優れ、物おじしない性格がこういった試験には向いている。

口述試験では緊張することなく面接官と相対しても、戸惑とまどうことなくすらすらと受け答えすることができた。アクシデントには弱いが、勢いに乗った時には強い。上手くいったという手応えはある。悔いなく試験を終えることができた。しかし、試験場から帰ってきた彼女の顔色はなぜか冴えない。悲観し大泣きした筆記試験の時とは違って、その表情は少し怒気を帯びていた。

試験会場で女子は判事や検事になれないことを知り憤慨

嘉子が試験会場に入った時、受験生の控え室に司法官試補採用に関する告示が貼ってあることに気がついた。司法科試験合格者の中で判事や検事の職を希望する者は、司法官試補に応募して研修を受けなければならない。その募集に関するものだった。合格者の大半は裁判官や判事になることを希望するのだが、しかし、司法官試補に採用されるのは約80名。合格者の3分の1程度でしかなく、残った者たちは弁護士試補として各地の弁護士事務所で研修を受けることになる。

現代の司法修習とは違って、戦前は公務員である検事・判事の研修は国がおこない、個人業種の弁護士は弁護士会がおこなう、それぞれ別個の研修システムになっていた。また、弁護士試補の1年6カ月にもなる研修期間中は無給だったのに対して、判事や検事の卵である司法官試補には給与が支払われる。待遇にも格差があった。