側近メドベージェフの変節の理由

――「ウクライナなど存在しない」という世界観が、ロシア国内では共有されているのですか。

【小泉】ロシア国内には有象無象の言論がありますが、もっとあからさまで、開戦前の段階でもウクライナ政府に対して思いつく限りの罵詈雑言を浴びせるような人もいました。

その中でプーチンはむしろ抑制的だったのですが、開戦前に過激なものになった。側近の中ではリベラルで知られていたはずのメドベージェフもタガが完全に外れてしまい、プーチンでさえ口にしないような、とんでもない悪罵を公言するようになります。

プーチンはこの戦争に当たって、いろいろなものを先祖返りさせています。スターリンばりの、とまでは言わないまでも、ソ連崩壊後では最も厳しい恐怖政治を始めたことは確かですから、そこでメドベージェフは存在の危機を覚えたのかもしれません。

小泉悠氏
撮影=プレジデントオンライン編集部
「少なくとも現在、ロシア国民は自分たちが戦時下だとは思っていない」

戦争中であることを「忘れている」

――ロシア兵にも多くの戦死者が出続けている中で、「ウクライナなど存在しない」という論調が年単位で続く戦争を支える“物語”になりうるのでしょうか。

【小泉】国民レベルではおそらく、もう物語も必要ないというか、戦争をやっていることを「忘れている」のではないかと思います。もちろん本当に忘れてしまっているわけではありませんが、日常化してしまったというのでしょうか。

例えば私たちも、少子化が危機的だ、尖閣問題も大変だ、北朝鮮の核が……と日本を取り巻く問題が山のようにあることは知っていますよね。あえて聞かれれば「大変な問題です」と答えると思いますが、毎日そのことを考えて生きているわけではなく、生活は生活としてあるわけです。

ロシアの戦争もそうなりつつあるのではないか。仮にプーチンが大規模な動員を行っていれば話は別です。ロシアにおける総動員とは、単に人間を戦地に送るというだけではなく、マスコミを統制し、選挙は停止になり、工場も24時間稼働になるという、まさに大戦中の戦時下のような状態です。そうなれば否応なしに多くの国民が戦時下であることを意識することになりますが、今はそうなっていません。