ロシアのウクライナへの軍事侵攻が続いている。東京大学先端科学技術研究センターの小泉悠准教授は「この侵攻は、ロシアが核保有国でウクライナが非核保有国だからこそ起きた。核を持つ中国と隣接する日本も同じ構造にある」という――。(前編/全2回)(インタビュー・構成=ライター・梶原麻衣子)
小泉悠氏
撮影=プレジデントオンライン編集部
東京大学先端科学技術研究センターの小泉悠准教授。

ウクライナが5月末に独断で行った「危険な賭け」

――開戦から2年が過ぎたロシア・ウクライナ戦争ですが、2024年5月末から6月にかけて「西側各国がウクライナに対し、自国が支援した武器でロシア領内を攻撃することを許可する」という大きな動きがありました。

【小泉】実はこれに先立って、ウクライナが少々ヒヤッとするような行動に出ていました。ウクライナは5月23日ごろと26日ごろに、ロシア領内の弾道ミサイル早期警戒レーダーへのドローン攻撃を行ったのです。

これによってロシアが核の脅しのギアを上げてくるのではないかと冷や汗をかいたのですが、そうはならず、むしろ西側がロシア領内への攻撃を許可するという動きになっています。

具体的には、レーダー攻撃の翌日にNATOのストルテンベルグ事務総長がロシア領内攻撃を認めるべきだとの発言をしたのに続き、西側の中でも特に慎重だったドイツのショルツ首相、そしてアメリカのバイデン大統領も渋々ながら、限定的なものと条件を付けつつ攻撃を認めるに至りました。

これは、ウクライナが“賭け”に勝ったことを示しているのではないかと思います。

狙ったのはロシアではなくアメリカ

これまで、西側諸国は「やり過ぎればロシアのレッドラインを踏み越え、事態のエスカレートを招き、核による報復が行われかねない」としてウクライナに自制を求めてきました。

ロシア自身も、あたかも明確なレッドラインがあるかのように振る舞い、エスカレーションを示唆することで西側諸国の介入を防いできました。これがロシアにとってはアメリカなどの直接介入を防ぐ最適戦略だったわけです。

一方、ウクライナの最適戦略は、「レッドラインなど存在しない」と示すことです。

「やり過ぎ」によるエスカレーションを恐れてロシアへの反撃が限定的なものにならざるを得ないことが、戦争を長引かせている。

そこでウクライナは、「ロシアは脅してくるけれど核なんて使えっこない、レッドラインなんてないんだ」ということを証明するためにレーダーへの攻撃を行ったのではないか。

いわば、ウクライナによるロシア領内への攻撃は、ロシアというよりはアメリカに対して「早く攻撃許可を出せ」との脅しの意味を持つデモンストレーションだったのではないかと思うのです。