※本稿は、山上信吾『日本外交の劣化』(文藝春秋)の一部を再編集したものです。
北方四島には1万7000人超の日本人居住者がいた
外務省が国内広報用に2014年3月に作成した「北方領土」というパンフレットには、興味深い記述がある。
「択捉島は日本最大の離島でもあり、国後島は二番目に大きな離島です」
択捉、国後の意義がよく理解される記述だろう。そして、当時の外務省はそうした二島の重要性を認識していたことを示してもいる。
面積だけの問題ではない。
終戦時の人口を見ても、北方四島全体に1万7000人を超える日本人居住者がいた中で、国後、択捉にも合わせて1万名以上もの日本人が暮らしていた。これらの人々が生まれ育った郷里を武器をもって追われた不条理を正さなければならないのである。
加えて、ロシアの原子力潜水艦が遊弋し、米国本土をミサイルで狙える距離にあるオホーツク海への出入口を扼する択捉、国後島の戦略的重要性は、火を見るよりも明らかだ。
「二島返還」でさえ覚束なくなっている
むろん、領土交渉は相手があってのものだ。交渉担当者としては、日本の主張どおり、四島がすべて返ってくるとのシナリオだけではなく、他のシナリオをも念頭に置きつつ頭の体操をしておくべきことは言を俟たない。同時に、「4」から始めて妥協点を探るのと、「2」で始めるのとでは全く迫力も交渉上のポジションも変わってくることを踏まえなければならない。
実際、安倍政権の「柔軟な」までの交渉姿勢を見てとったロシアは、今や歯舞、色丹の二島についても、これは日本の主権を認めた上での「返還」ではなく、主権はロシアにあるという前提での「引き渡し」に過ぎないとの主張まで展開していると聞く。
まさに、「二島返還」でさえ覚束なくなってしまっているのが現状なのである。しかも、ロシアは二島「引き渡し」にさえ応じず、領土問題は決着が図られないまま放置されている。皮肉なことに、ロシアこそが日本の一方的譲歩による決着を踏みとどめてくれているのだ。心ある日本人は僥倖として受け止めるべきかもしれない。