至難を乗り越えての「リセット」こそが必要
そして、二島返還を確保するためのコストが、国後、択捉の「切り捨て」と並んで、日露の「共同経済活動」だった。海産物の共同増養殖、温室野菜栽培、島の特性に応じたツアーの開発、風力発電の導入、ごみの減容対策などがパイロット・プロジェクト候補として日露両政府間で合意され、早期実施、具体化に向けて協議が進められてきた。だが、こうした事業は、その内容にかんがみ、政府だけで推し進められるものでは到底なく、関連企業の協力が不可欠だ。
ところが、共同経済活動を進めるべく参加を強く呼びかけられた日本企業の間にさえ、表面上は長期安定政権の要請を尊重しながらも、「実際のニーズや経済実現性がないものを、なぜここまで苦労してやらなければならないのか?」と訝り納得できないとする声が少なからずあったと聞く。腰が引けていた企業が多かったのは否定できないだろう。
対露交渉を巡る、このような不作為と進言を躊躇う怯懦な姿勢こそが、今の外務省の劣化を象徴する典型例のように思えるのである。
安倍政権後の日露関係に目を転じれば、これ以上保守色の強い政権はないであろう安倍政権が二島返還で構わないとのシグナルを送ってしまった以上、今後の政権が本来の四島返還要求に立ち戻ることは至難の業である。しかし、その至難を乗り越えての「リセット」こそが必要だろう。
「再考してください」「今は我慢の時です」と声を上げるべきだった
ロシアに取られた領土回復の難しさは、2014年にクリミア半島を失ったウクライナのその後の対応が如実に示しているとおりだ。2022年に二度目の侵攻に遭ったウクライナは、漸く戦って取り返そうとしているのだ。
翻って、戦争に負けて不法占拠され失った北方四島。現行憲法下の日本には、戦争に訴えて取り返す道はない。だからこそ返還を実現するためには、長い期間にわたっての忍耐と粘り強い交渉が必要なはずである。もともと100年単位の長期戦を覚悟した上でなければ、臨めない交渉なのだ。
同時に、東西ドイツの統一、バルト三国の独立や中東欧諸国の旧ソ連の軛からの解放といった近年の史実を踏まえれば、いつか必ずや交渉の好機が訪れるとの信念を辛抱強く持ち続けることも肝要なはずだ。実際、エリツィン政権とはかなりのところまで進んだのが領土交渉の歴史でもある。
こうした国際政治の現実や相場観、歴史の流れに通じていなければならない外務官僚こそが、プーチンとの交渉に前のめりになる安倍首相に「再考してください」「今は我慢の時です」と声を上げるべき立場にあったのである。後付けのタラレバ論と片付けてはならない。多くの国民が霞が関の官僚に期待してきた役割はそこにあると信じるからである。