ロシアは「眼」を攻撃されても、核は使わなかった

――西側が思っていたよりも核使用のレッドラインはずっと後方にあった、と。

【小泉】核使用は、国家元首にとってはやはり究極の選択です。あれこれと使用条件を提示していても、実際には「いつ使うか」「どうなったら使うか」なんて、実際のところはプーチン本人にもわからない。これが「宣言政策」と「運用政策」の根本的な違いです。

演説するプーチン大統領「核の3本柱」の開発継続
写真=タス/共同通信社
演説するプーチン大統領「核の3本柱」の開発継続 2024年6月21日、モスクワのクレムリンで軍大学校の卒業生らを前に演説するロシアのプーチン大統領

宣言政策とは、「こういう事態に至った場合には核を使う」と明確にチェックリスト方式で述べることを指します。もともとロシアの軍事ドクトリンには核使用の二つの基準があり、それは「相手が大量破壊兵器を使った場合」と「通常兵力による侵攻であっても、ロシア国家が存亡の危機に陥った場合」に核を使うとしています。

さらに2020年に「核抑止政略の分野における国家政策の基礎」という文書が公表され、先の二つに加えて「ロシアの核抑止政策・核抑止力に影響を及ぼすような重要インフラが攻撃を受けた場合」と「核弾頭を積んでいることが確実な弾道ミサイルの発射を探知した場合」が追加されました。

これはあくまで宣言政策なので、実際の運用となると最終的にはプーチンが脂汗をかきながら、核を使うかどうか判断するんだろうと思います。チェックリスト通りに「この条件が満たされたので、次は核使用」というようにはいかない。

実際、ウクライナが攻撃したレーダーは核抑止力を支えるシステムであり、ロシアの「眼」ともいえる重要なインフラですが、ここが攻撃されてもロシアは核による報復を行いませんでした。

欧州の小国がウクライナを見捨てないワケ

――プーチンはこれまでも折に触れて「核の脅し」に言及してきました。

【小泉】5月29日にも、プーチンは訪問先のウズベキスタンでの会見で「世界的紛争になる」と述べています。これまでにも「第三次世界大戦になるぞ」という脅しは使ってきましたが、この時にはさらに加えて「NATOに加盟している小国は、国土が狭く人口が密集しているのだから、誰を相手にしているか自覚すべきだ」と、かなりあからさまな発言をしています。

しかしだからと言って、ヨーロッパの小国がこれに怖気づいてウクライナを見捨てるかというと、現状ではそうなっていません。もちろん、さまざまな考え、立場の人がいますが、「プーチンの核の脅しにいちいち怯えていたらきりがない」と考える人たちが多いのではないかと思います。核の脅しに屈して、プーチンの望む状況の中で生き続けることが、本当に幸せなことだといえるのか、と。

ロシアの核を使わせないために何が必要か、は考えなければなりませんが、ロシアが核の脅しを行うことですべてロシアの思い通りになるような事態も防がなければなりません。そういう思いは多くの人が持っているし、ウクライナが実証しようとしているのはまさにそのことなんだろうと思います。