目にもとまらぬ速さで襲いかかった

ただ、ここで注目すべきは、ドイツのウィキペディアの記述だ。それによると、Aは地元のテコンドーのクラブに所属し、13年にはラインランド=プファルツ州の国際大会のフルコンタクト部門で銀メダル、14年にはヘッセン州杯で金メダルを受賞しているという。

フルコンタクトというのは、敵と味方が直接接触する形式の競技の中でも一番過激なもので、力を抑制することなしに行うスポーツ。ちなみにカンフーや剣道でも「セミコンタクト」、サッカー、アイスホッケー、野球などは「リミテッドコンタクト」だそうだ。いずれにせよ、ウィキペディアの記述が正しければ、Aは若くしてプロ並みの格闘家であったということになる。

その日、Aが標的にしたのはもちろんシュトゥルツェンベルガー氏。そして、この後に起こったことは、ほとんど一瞬の出来事といえる。中継のためビデオチームが入っていたため、いろいろな角度から撮られた映像も残っている。

まず、Aが突然、インフォ・スタンドのところにいたシュトゥルツェンベルガー氏に襲いかかった。いったん倒れた2人が起き上がったところへ、「パックス・ヨーロッパ」の関係者2人が駆けつけたが、ナイフで武装したAを止めきれなかった。

たった25秒の間に6人が重軽傷を負った

そこでAはもう一度、シュトゥルツェンベルガー氏に飛びかかり、何度もナイフで刺しているところに、今度はちょうど通りかかった勇気ある通行人2人が助けに入った。その時、さらにもう一人、年配の通行人が加勢しようとしたが、彼は状況を把握できず、先に戦っていた1人に殴りかかった。

そこへ警官ルーヴェン・Lが飛び込み、その年配の人を引き離したが、その時、警官Lは一瞬、Aから目を離した。しかし、その“一瞬”に格闘家Aが機敏に反応、後ろからLの頭部をナイフで2度刺した。その時、ほぼ同時に、他の警官がLを撃ち、ようやく惨劇はやんだ。これらすべては、たったの25秒間のことだったという。

負傷者は警官Lと、シュトゥルツェンベルガー氏のほか、「パックス・ヨーロッパ」関係者2人、さらに、勇気ある通行人であったカザフスタン系のドイツ人とイラク人で合計6人。顔、上半身、足に重傷を負い、多量の出血に見舞われたシュトゥルツェンベルガー氏は、緊急手術でどうにか命は取り留めたが、29歳の警官Lは、手術の甲斐もなく、6月2日に死亡した。臓器は本人の意思により移植に役立てられると報道された。

Aは手術を受け、命に異常はないが、事情聴取はまだできていないという。なお、残りの4人は、すでに全快、あるいは快方に向かっている。