医師の「働き方改革」で救急医不足

不可解なのは、C病院がこの“竹田くん”をなぜ採用したのかということだ。当然、それまでの彼の実績は情報として知っていたはずだ。

実はこの背景にあるのが、2024年4月から施行されている医師の「働き方改革」だ。医師という職業においても、時間外労働の上限は年間960時間となった。歓迎されるべき改革だが、これは「月5回当直」すれば突破してしまう厳しい水準。さらに違反が判明した場合は、医療機関には「6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金」という罰則が科せられる。

残念ながら、「働き方改革」が始まってからSNSを検索しても、「仕事が楽になった」という医師の意見は全く見られない。むしろ「月80時間以上は違法」と制限されたことによって、「80時間以上残業しても、“自己研鑽”という名のサービス残業になる」「労働時間は不変なのに収入が減った」などの恨み節が目立つ。

ゆえに現状では、生死に関わり、時間を問わず患者が運び込まれる救急救命科は常に深刻な医師不足に悩んでいる。“竹田くん”のように「手術意欲の高い40代男性医師」ともなれば「引く手あまた」だったことが推測される。「悪い噂」を耳にしても「ちゃんと監督すれば何とかなるだろう」と過信して採用しかねない。そんな空気に後押しされて、“竹田くん”は転職を繰り返し、結果的に患者への死を含む被害を続出させたということのだろう。

白衣をまとい腕を組んでいる男性
写真=iStock.com/kuppa_rock
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医師の働き方改革には解雇規制緩和が不可欠

筆者は麻酔科医という仕事の中で「神の手」クラスから、“竹田くん”クラスまで、さまざまなレベルの外科医とチームを組んで手術をしているが、「無能な働き者は組織から排除すべき」という点ではゼークトに同意している。

特にA病院のような公立病院医師は、地方公務員の立場だ。そして、現在の法律では「オペが下手」という理由で公務員医師を解雇することは事実上不可能である。窓際ポストに追いやって“飼い殺し”にするのがせいぜいだろう。

そういう問題医師は定年までしがみ付くケースが多く、年功序列で高給が発生してしまい、真面目な同僚医師の過労や若手医師の離職にもつながりやすい。

また、多くの日本型企業と同様に、大学病院や公立病院ではスーパードクターも“竹田くん”のような医師でも同年齢ならば給料に大差はない。それでも昨年度までは時間外手当金などで若干の調整が可能だったが、「働き方改革」によって消失しかかっている。

ゆえに、「有能で働き者」のスーパードクターは日本では減少の一途である。「報われない長時間労働」に嫌気がさして早期に開業したり、開き直って窓際医師になったり、優秀な外科医の国外流出も絶えない。

近年の日本型雇用の勤務医不人気と表裏をなして、近年では「有能なら年収は億超え」の美容外科への就職が大人気である。大手美容外科の医師就職者数は、東大京大病院の研修医数を超える時代となり、若手のみならず大学教授/准教授クラスの転職者も目立つ。

結局のところ「有能で働き者」を惹きつけるのは規制強化ではなく、米国や美容外科のような「有能なら収入青天井/無能は契約解除」「年功序列文化が無く、結果を出せば若くても昇進可能」という雇用制度である。

日本では医師免許は最強の国家資格であり、「予防接種:日給8万円」のようなアルバイト仕事は簡単に見つかる。もし、問題医師が病院をクビになっても路頭に迷うことはない。問題医師を解雇することで浮いた人件費で「有能で働き者」医師に報いれば、有能医師の早期離職や窓際化の予防にもなる。

つまり、「ダメ医師は速攻クビに」することが患者や同僚を守る最善策なのである。問題医師にとっても、窓際でダラダラと飼われ続けるよりも「さっさとクビにして、スキルに見合った新職場を探してもらう」ほうが、本人のためだろう。“竹田くん”もそうした判断を下されたほうが患者は死ななくてすむし、本人も見切りがつくに違いない。

ダメ医師はクビになり、有能医師は高評価を得る……病院というプロ集団の職場を健全化するのは、「労働時間制限」などの規制強化ではなく、「フェアな競争」と「結果に応じた報酬」と私は信じている。

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