だからといって、それが必ずしも悪いとは言えない。実際、デジタル・イノベーションは30年前から現代の経済を牽引してきた。だがこの活力は代償を伴う。

iTunesから突如消えた映画は補償されるか

アンドレス・G・ダ・シルヴァはそれを知って仰天することになる。大勢の消費者と同じくダ・シルヴァもアップルのiTunesのアカウントで映画を購入した。ところが驚いたことにある日、自分の購入した映画3本がアカウントから消え失せていたのである。

アップルに問い合わせたが、カスタマーサービスの対応にまったく満足できなかったため、ダ・シルヴァはやりとりを多少脚色してツイッターに投稿した。それは大いにバズったものである。

:購入した映画3本がiTunesライブラリから消えてしまったんですが。
アップル:たしかにそれらの作品は現在視聴不可となっております。ご購入いただきありがとうございました。2作品分のレンタルクーポンをお送りします!
:え……なんですって? ティム・クックはこんなことを承知しているんですか?
アップル:お客様、私どもは販売窓口でございまして。
:窓口?
アップル:はい。お客様にお支払いいただきました代金はたしかに頂戴しております。ですが販売したものに関しましては、私どもはいかなる責任も負いません。また私どもは、お客様が購入されたものをずっと所有できるという保証はいっさいしておりません。私どもに保証できるのは、代金はたしかに頂戴したということだけです。

アマゾン、アップルの似て非なる所有権の考え方

アマゾン、アップル、グーグルらは、デジタルコンテンツを所有することの意味を変えて利益を上げている。人類は歴史の大半を通じて、農地、馬、ハンマー、パンに支配される世界に生きていた。その世界で所有するのは有形の物理的なモノだった。自分の土地は踏みしめることができたし、自分の持ち物はつかむことができた。

あなたが何かを所有していたら、ほとんどの場合、他人がそれを所有することはできない。そのモノはあなたの支配下にあり、煮て食おうと焼いて食おうとあなたの勝手である。他人を排除できるというこの本能的な感覚こそが所有権について多くの人が抱くものだったし、今日でもそれは変わらない。つまり所有権はオン/オフ・スイッチのイメージである。それは私のものだ、触るな!

インターネット企業はこのことはよく承知しており、所有についての人々の理屈抜きのこうした直観的オン/オフ反応を巧みに利用している。しかし彼らのやり方は、オン/オフとは似て非なるものだ。