トヨタ張会長はなぜ猛反発されたのか
トヨタ自動車の張富士夫会長は若い頃、トヨタ生産方式を確立した大野耐一氏やその右腕の鈴村喜久男氏と出会い、その教えを受けた。大野氏も鈴村氏も現場主義で、時に火を噴くように部下を叱る教育者であった。
張氏は2人と一緒にいるうちに、ものの見方や立ち居振る舞いもだんだん2人を真似るようになっていった。
あるとき、張氏は鈴村氏を真似て「ラインを止めろ」と怒鳴った。しかし、現場の作業員は全然動かなかった。逆に班長から「なんで、あんたにそんなことを言われなきゃならないんだ」と猛反発される始末。その話を聞いた鈴村氏は、張氏を叱った。
「バカもの。俺の真似なんかしたら、殺されるぞ。お前にはお前のやり方があるだろう」
その後、張氏は粘り強く説得する自分流に変えたという(日本経済新聞2003年1月8日夕刊)。
叱って様になる人とそうでない人がいる。その違いは経験値の差であろう。
叱りによる教育は、単純なルール学習よりも柔軟なルールについての学習効果をもたらす。このような学習を自己体系化学習と呼ぶことができる。叱られたり褒められたりした経験をもとに学習者は、自ら経験を体系化し、叱った側が持っている柔軟なルールを学んでいくのである。
このとき、叱る側がぶれてしまうと、叱りの背後にあるルールは伝わらない。つまり、叱る背景にある精神や価値観がしっかり確立されていないと、本来の意味で叱ることはできない。経験値が少ないと往々にしてこのような事態が起こってしまう。
見方を変えれば、背景に確固たる精神や価値観が存在するからこそ、叱る側はそれを損なう行為に対し、おのずと真剣に叱れるのである。
※すべて雑誌掲載当時
(構成=宮内 健 撮影=尾関裕士、芳地博之 写真=AFLO、Time&Life Pictures/Getty Images)