母親が抱える困難はスルーされてきた

2007年の運営開始以来、2022年度までに、「こうのとりのゆりかご」に預け入れられた赤ちゃんは170人。赤ちゃんと同じ数の孤立した女性がいたことになる。だが、この問題は、赤ちゃんの福祉の視点から議論されることが多かった。予期せぬ妊娠に戸惑い孤立した女性たちは、出産したという事実によって否応なく「母親認定」され、「育てないことはけしからん」と責めを負い、一人ひとりの困難はスルーされてきた。

熊本市が2021年に発表した「第5期検証報告書」によると、2020年3月時点で預け入れられた赤ちゃん155人のうち、産んだ女性の身元が判明したのは124人。そのうち27人が家庭に戻り、家族のもとで養育されている(特別養子縁組50件、里親17件、施設での養育26件)。

27人の母親たちは専門家によるトラウマケアや十分な支援を受けられているだろうか。子育てに孤独を感じて苦しい思いをしていないだろうか。

命を授かる不安や葛藤に耳を傾けるべきではないか

出産前後の精神的なケアが必要なのは孤立出産や「こうのとりのゆりかご」に預け入れる母親に限られたことではない。ひとが妊娠し出産し、母親になっていくプロセスには、命を授かった喜びと同じくらい、不安や葛藤がある。そのことについて、もっと私たちは敏感になる必要があるのではないか。

「産んだ女性の声に耳を傾けることは、女性を守るにとどまらず、赤ちゃんの命を守ることにもつながるのですが、女性の思いを大切にすることについて、甘やかすとか無責任な母親といった批判があることには、疑問を感じます」(蓮田さん)

女性が妊娠出産し、親になっていくことを支援する世の中の土壌は整っているとはとても言いがたい。

被告の事案は、法廷で彼女の背景が明らかにされなければならなかった。それは、被告自身にとってはもとより、被告の娘たちが大人になってから、母親の犯した罪の謎が解けず苦しむことを回避するためにも必要だったと思えてならない。

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