平安時代の貴族たちはどのように恋愛をしていたのか。古典エッセイストの大塚ひかりさんは「平安貴族の生活は多くの人に見られていて、プライバシーがなかった。人目を避けるために、ラブホテル代わりに廃墟を利用する男性貴族もいたほどだ」という――。

※本稿は、大塚ひかり『傷だらけの光源氏』(辰巳出版)の一部を再編集したものです。

源氏物語図屏風「御幸」・「浮船」・「関谷」
源氏物語図屏風「御幸」・「浮船」・「関谷」(画像=土佐光芳作/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

『源氏物語』の地の文はなぜ女房の語り口調なのか

源氏物語』は、女房の語り口調で書きおろされる。

「いずれのミカドの御代でしたっけ」

と物語を語り起こし、ひととおり主な登場人物を顔見せしたあとの「帚木」巻冒頭では、

「“光る源氏”なんて名前ばっかりご大層ですが、不名誉な失敗も多いんです。そのうえ、こんな浮気沙汰を後世の人が伝え聞いて、軽薄な評判を立ててはと、内緒にしていた秘密のことまで語り伝えてしまうなんて、口さがないったらないですね。でも本当は源氏の君はすごく世間にはばかってマジメにしていたから、それほど面白い話もなくて、交野の少将には笑われたと思いますけど」

などと言っている。交野の少将とは、今は散佚さんいつして伝わらない当時の物語で有名な色好みである。彼が聞いたら笑っちゃうていどの、面白くもない浮気沙汰というのが、空蟬や夕顔との恋のことなのだが。

女房らしき語り手は、その後も、

「主人公はああ言ってるが、本音はこうなんです」

とか、

「実はこの時、裏ではこんなにとんでもないことが起こっていたんです」

などと、要所要所で客観的な解説をする。

これを「地の文」といい、そのナビゲーターである女房が、昔、覗き見した源氏の暮らしを、今の読者に伝えた物語、というのが『源氏物語』の設定なのである。