高貴な男女はセックスの最中も二人きりにはなれない
たとえば紫式部の仕えた中宮彰子のおつき女房は三十人以上(『紫式部日記』)。これらの女房は常に全員出そろうわけではないが、女主人がまったく一人きりになることはない。もちろんセックスの時だって。遠巻きにしてはいるものの、叫べば聞こえるところに、通常、女房は控えている。
控えているだけではない。女主人に男を手引きするのも女房だ。だから男はまず女房を手なずけ(場合によっては男女の関係になって)、お目当ての女のもとに手引きしてもらう。源氏が藤壺に迫った時、「胸が痛い」と苦しむ女主人の声に、女房がさっと飛んで来たのもこういうわけなのだ。
高貴な人たちは、「覗き」を含めて、常に誰かに監視されているのである。
だから彼らは人目を避けるため、「デート用の密室」として廃屋や小屋を確保しておく。そして「秘密にしたい恋」が始まると、そこをラブホテル代わりに利用する。
源氏が恋人の夕顔を連れこんだのは皇室所有の廃院だったし、宇治十帖で匂宮が浮舟と情事にふけったのは、召使の親戚が管理する粗末な造りの別荘だった。
けれどそれでも、平素召し使う女房に隠れて、恋をするのは不可能だ。芸能人と今の皇室を足して二で割っても追っつかないほど、彼らにはプライバシーがないのである。
女房たちは主人の秘め事をすべて把握している
ミカドの中宮・藤壺と継子・源氏の密通という、物語きってのタブーの恋も、藤壺が最も親しく使う二、三の女房には、バレている。二人の密通の手引きをするのも、それを人から隠すのも、この親しい女房たちなのだ。
彼女たちは、高貴な人々の生活を「覗く人」であり、同時に、出来事の一部始終を目撃し、報告する「証人」でもあった。
高貴な人の「秘め事」が、女房らしき誰かによって語られるという『源氏物語』の設定が、架空の恋に、文字通り「見てきたような」リアリティを与えているのは、こんな背景があってのことなのだ。作者の紫式部自身、彰子中宮に仕える女房として、男たちに覗き見されたり、貴人の暮らしを覗き見する境遇に置かれていたのだから。