巨大な怪物のようにのしかかってくる濡れた毛布

部屋は鮮やかな光に包まれていた。まだ光が見えているうちは、希望があった。ささやかな希望が――。

目を覆われていないうちは、まだ「苦しくない」。まだ、「大丈夫」。あの「苦しい」時間を、一分一秒でも先延ばしにできる。

小さな私の心は、そうして必死に私自身を勇気づけていた。母に激しく罵倒され、次に起こることにおびえながら、それでも私は、「あの光」を追わずにはいられなかった。なぜなら、あれは私に残された最後の安心だったから。

母が押し入れを開け放ち、ポリエステルの毛布を乱暴に取り出す。ドサッという音。毛布の細かな繊維質が、何百、いや何千と、ふわふわと空中を飛び交っているのが目に入る。白と黄色が混じり合った西日に照らされて、それはあまりに美しく、自由に浮遊していた。

次の瞬間、私の視界は、漆黒の闇に覆われる。父の書斎の道具が残像となり、突然かたちを失っていく。これまで部屋中にさしていた光が失われる。目の前は真っ暗で何も見えない闇の世界へと反転する。

それと同時に、私の中にあった最後の希望はプツリと消える。母が私にかぶせた毛布の上から首を絞めつけてきたからだ。同時に息ができなくなる。顔中を覆うモコモコした毛布が、口に入ってきて吐きそうになる。

「くるしい、いきができないよ!」
「お母さん、ごめんなさい! ごめんなさい! だからゆるして!」

私は、毛布の下で叫ぶ。絶叫する。しかしいくら泣いても暴れても、誰にも届かない。届いたところで、この力がゆるまないのは、これまでの経験から痛いほどによくわかっている。その声は厚い毛布にはばまれ、母の暴力の前で4歳児である私は、あまりに非力すぎた。

だから私に今できるのは、小さな口と鼻で、必死に息継ぎをすることだけだ。ただただ、呼吸を浅くすることだけ。

「ハーハー、ハーハー」

息苦しさのあまり、ボロボロと涙と鼻水が出てくる。涙の粒は顔面を伝って、毛布を濡らす。毛布は流れ出た水分を含み、さらに呼吸を苦しくする。涙を吸い込み、ベチョベチョに濡れた毛布は、巨大な怪物のように私にのしかかってくる。

「あんたなんか、生まなきゃよかった」

まだこの世に生を受けてたった4年――。か弱い4歳児の私は、母の強大な力を前に、なすすべがない。母の強大な力に、ただただ翻弄されるしかない。

「お母さん、たすけて!」

苦しさのあまり、毛布の隙間から声を上げると、「ゲホゲホゲホゲホ」と嗚咽し、せき込んでしまう。どうやら、毛布の繊維を喉の奥に深く吸い込んでしまったようだ。

いつしか意識が遠のき、呼吸がゼーゼーと浅くなる。酸素と二酸化炭素の交換がうまくいかなくなってくる。それでも私の小さな肺はギリギリのところで、耐えようとする。生きようとする。血管から血管へと流れる酸素を循環できない、断末魔の苦しみ。

私の首を絞めつける母の巨大な手は、その圧をじわじわと増し、ギリギリのところまで私を絞め上げる。そうして小さな私の呼吸を、極限まで追い込んでいく。

「お母さん、くるしいよ。おねがい、もうやめて! ごめんなさい、ごめんなさい」
「あんたなんか、生まなきゃよかった」

母の吐き捨てるような言葉が、毛布越しに私の耳にも聞こえた。だけど、だからといって、どうすればいいのかわからなかった。