※本稿は、アンデシュ・ハンセン『メンタル脳』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
人間の脳は現実とは違う「物語」をこしらえる
脳がどれほど身体から影響を受けるか、つい忘れがちです。しかも脳自身もそれを忘れてしまうようなのです……というか、いつものごとく脳は現実をすべてありのまま見せようとはしません。
体内で細菌による炎症がかすかに起きているとしましょう。病気だと感じるほどではなくても、脳はそのシグナルを受け取り、免疫系がわずかに活発になります。
脳はそこで感情の状態を「ちょっとだるい」としてまとめます。そしてまともそうな理由を探し始めます。その時には危険のシグナルがどこから来たのか忘れてしまっていて、気分が落ち込んでいる原因を身体の外に見つけようとします。
例えば「この本はさっきまで面白かったのに複雑で退屈になってきた」(そうは思ってほしくないですが)というように。しかし身体から「どこも問題ない」というシグナルが送られてくれば、「心地良い」というまとめをして、「読んでいてわくわくする良い本だ!」となるわけです(そう思ってもらえていますか?)。
脳は良い気分にも理由を見つけたいのです。まるで脳が常に「人生の物語」を自分に語って聞かせているようなものです。
うまく出来た物語では、1つの出来事がちゃんと次の出来事につながり、突拍子もないことが唐突に起きたりはしません。そう、私たちは脳から作り話を聞かせられながら生きているのです。そうでなければ人生が複雑になり過ぎてしまうからです。
現代人は運動が足りない
現代人はサバンナに暮らした祖先の3分の1しか歩いていません。祖先は1日に1万5000~1万8000歩も歩いていて、私たちの身体と脳もそれに合わせて進化しました。そのため、そのくらい身体を動かした時に1番うまく機能するのです。
1つ例を挙げるとすると、ストレスシステムである「HPA軸」でしょうか。HPA軸はかつて野生動物の襲撃、事故、感染といった危険に対応するために進化したのであって、多忙な毎日や成績の悩みといったストレスに対してではありません。しかし現代でもHPA軸は昔と同じように反応してしまうのです。
サバンナでHPA軸を落ち着かせてくれたのは、危険から自分を守ってくれる存在でした。つまり「身体のコンディションが良いこと」もその1つだったのです。
長い距離を走れたり、病原菌が入ってきても大丈夫なくらい身体が丈夫であったりすると、生きのびられる可能性が上がってストレスも感じにくくなります。現代でもその点は同じで、運動をすることで身体が「ストレスに過剰に反応しなくても大丈夫だ」と学ぶのです。それがどんな種類のストレスかは関係がありません。