叩いての箱詰めに「僕は心が痛い」
TDK→現場改革の戸惑いを払拭する「伝承塾」
こうした富士フイルムの取り組みに対して、「変化の時代だからこそ、会社のDNAともいえる精神を伝えなければならない」という危機感を抱くのがTDKだ。
海外での生産が今や8割を超えるTDKでは、以前は自然と伝承された創業当時の精神がこの数年、現場で働く社員に伝わりにくくなっているという。
中国で工場長を務めていた山崎雅之・静岡工場フェライト磁石BU統括課長は語る。
「日本のモノづくりというのは、ねっちり、じっくり、時間をかけて伝承するものでした。『俺の仕事を見て、おまえも考えろ』という形で、10年かけてだんだんと覚えていくものだったわけです」
例えばTDKの主力製品・フェライトであれば、「海のものとも山のものともわからないものをコツコツと開発し、電子部品にとってなくてはならないものに育て上げた」というように。しかし、海外へ工場を展開して事業を広げていく現状では、時間をかけて一つの製品を作り上げる経験が得難い。
「技術や精神の伝承に10年もかけていられない。日本の4倍、5倍の速さであらゆることが変わる中国で“TDKの伝統”といっても、そう素直には伝わらないですから」
現地にいるあいだ、彼は常に不安だったと続ける。
自分たちがいくら頑張っても、中国製の部品がより安い価格で市場に出回ってくる。品質が向上するペースも速い。この会社で働くうえでのバックボーンが揺らいでいる――そんな感覚がどうしても消えなかったという。
「工場で改善や改革について考えていると、心細い気持ちになってくるんです。正直、自分の考えが合っているのかどうか、不安になってくる」
工場長育成のための同社の研修「モノづくり伝承塾」は、こうした不安を抱く社員に対して“TDKの精神”を伝えようとするものだ。会長や役員の講話を聞くだけではなく、実際に勤務する工場の視察も行われる。
山崎さんがこの研修に参加したのは、静岡工場に戻ってきたばかりの今年5月のことだった。とりわけ胸に響いたのは、36年を同社で勤め上げ、工場を知り尽くした加藤富夫・TDKモノづくり伝承塾長に、現場で様々な助言を受けたことだったという。
「加藤塾長がうちの工場のラインを見て、まずこう言ったことが忘れられません。『あなた、その作業を見ていて何とも思わない? 僕は心が痛い』。というのも、最終工程で製品を箱詰めするとき、少し箱に膨らみができていたのを、ラインでは手でぽんぽんと叩いて直すことがあったんですね。それを見て、塾長は言ったわけです」
加藤塾長は次のように話す。
「工場の課題というのは、“モノ”の立場から見ていると実によく見えてくるんです。叩かれれば製品も痛いでしょう。そして、そのような状況が生じるのはどこかに無駄や改善点があるから。今は確かに変化の時代です。でも、その変化についていくためにこそ、かつて我々がそうしてきたように、現場でのちょっとした気付きを粘り強く積み重ねていかなければならない、と思うんです」
どのような時代になろうとも、具体的な一つひとつの改革は「ビスの並べ方から考える」ことから生み出される。現在に連なる自社の姿勢の原点を加藤さんが語るのを聞きながら、山崎さんは心強く感じたと話す。グローバルな競争の中でどれだけ焦りや不安を感じても、工場長としての自分が今なすべき課題の本質は変わらない。その課題に粘り強く向かっていけば、自ずと次の改善点も無数に見えてくるのだ、と。
「すると現場でのスピード感も上がっていった。会社から一つの方向性を示してもらったことで、自分の選択や決定に自信を持てるようになったからでしょう」
※すべて雑誌掲載当時