「結婚」や「出産」をNGワードにしない

製薬業界での営業職「MR(医薬情報担当者)」は、女性比率が約1割という“男系”の職業である。多忙な医師を相手先とするため、勤務は不規則になりがちで、週末には医師への情報提供のため、セミナーを開くことも多い。さらに専門的な知識を持った人材として、地方への転勤も求められる。家庭と仕事の両立が難しく、結婚や出産を機にやめる女性は少なくない。

営業企画部総務・人事グループの牧嶌由紀子さん。女性MR全員の顔と名前を把握している。

第一三共も、女性MRの離職問題で悩んできた企業の1つだ。2007年に事業統合した際、早期退職を選ぶ女性MRが相次いだこともあり、約2400人いるMRのうち女性は140人。その構成比は5.9%で、業界平均と比べても少ないのが現状だ。

なぜ女性MRはやめてしまうのか――。入社以来、女性MRの登用に取り組んでいる総務・人事グループの牧嶌由紀子さんは、意識調査や個別ヒアリングを進めた結果、次のような結論を得た。

「制度、現場の理解、本人の意識。この三拍子が揃わないと、女性社員はうまく成長しない」

まずは、「相手に合わせざるをえない」というMRの特性を考慮した制度を整備した。09年から導入した「エリア・時間限定勤務制度」では、結婚や出産、育児といった「ライフイベント」に応じて、勤務地のほか、1日5時間か週3日かの限定勤務を選ぶことができる。契約社員とはなるが、最大5年間、1人につき2回まで取得でき、正社員への復帰も希望できる。

ただし、活用する人が出てこなければ、制度新設の意味はない。同社の女性MRは約8割が入社5年目以内で、制度を活用する先輩が同じ営業所にいるケースは少ない。そこで08年から年に1回、全国の女性MRを一堂に集める「スリースターズフォーラム」を始めた。牧嶌さんはいう。

「自分の近くに女性MRがいないと、目指すべき将来像が描きにくい。また、仕事で壁にぶつかったとき、男性に比べて、女性は職場での相談相手が少なく、問題を自分で抱え込みがちです。そうした問題を解決するためにも、MR同士のネットワークづくりが必要だと感じていました」

そのほかにも、全国の女性MRを取り上げる小冊子を定期的に発行している。「将来像」の発信はもとより、取材を通じて、取り上げられた本人のほか、周囲の男性の意識も高くなるという。

営業所初の女性MRだった千葉第5営業所の齋藤貴美さんは、配属当初をこう振り返る。

「必要以上に気を使われているな、と思うことはありました。女性は感情的な一方で、普段は何を考えているかわからない。すぐ泣くから、どれだけ強く指導していいのか――。そんなイメージがあったんでしょうか。上司も手探りだったように思います」

とりわけ、「結婚」「出産」をどう考えているかは、男性上司も知りたい点だろう。だが、気軽に聞けるものでもない。それを察知した齋藤さんは、聞かれる前に、自分から発信するようにしたという。

「数年前に比べると、周囲の対応も変わりました。自ら発信することで、女性としてではなく、MRとして、キャリアのアドバイスをもらえるようになりましたね」

女性であることを意識してNG項目を増やしてしまうと、本来、必要なはずのコミュニケーションも滞る。仕事のうえでは、性別を意識せずに接する。そうして信頼関係を築くことができれば、デリケートな話題でも言い出しやすくなるはずだ。牧嶌さんも「現場の理解」の重要性を強調する。

「企業内での先例が少ないため、女性社員の側も、確固たるライフプランを持っているとは限りません。そうした不安を理解したうえで、『こういう職種やこういう業務もある』と選択肢を示し、リードしてもらいたいと思います」

※すべて雑誌掲載当時

(永井 浩=撮影)
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