『著菜の花の沖』
江戸時代後期、淡路島の貧家に生まれた高田屋嘉兵衛は、やがて海の男として身を起こし、北の地で偉大な商人に成長する。鎖国を続けんとする日本とロシアの間で数奇な運命を生き抜いた男の生涯を描く。オリジナル初版は1982年刊行。司馬遼太郎著/新装版初版(2000年)/文春文庫(全6巻)

しかも、人質なのに幕府に代わり、外交さえ果たしてしまう。結果、ロシア艦長をして「(野蛮国だと思っていた)日本国は堂々たる国家だ」と認識を改めさせました。まさに一流の国際感覚の持ち主です。

1人の人間として裸でつきあえば、国籍や文化に関係なく信頼関係ができ、人と人はつながることができる。こんなところは、現代の社会や政治、ビジネスにおける問題を考える際にも大いに参考になるのではないでしょうか。

当時の私自身、彼のようにはなれなくても、せめて「こうなりたい」と心がけて生きていけたなら、少しはよくなるんじゃないか──そう考えると本当に気持ちがすっきりしたものです。

バス通勤は結局、1年弱で終わりました。この本が通勤バスの中で読んだ最後の一冊となりました。会社にとっても自分にとっても曲がり角のような時期で不思議な縁で出合った本です。以後、部下をはじめ多くの人にこの本を勧めましたが、みな面白かったと言ってくれます。

2010年、私の仕事人生で2度目の大きな合併がやってきました。4月1日、新日本石油が新日鉱ホールディングスと経営統合し、JXホールディングスが発足。JXグループは連結売上高で約10兆円、従業員2万5000人の規模を持つ事業グループとなっています。2020年には、国内の1次エネルギーに占める石油の割合が、30%台にまで下がると予測される今、スピーディな事業革新や海外展開が求められています。(※雑誌掲載当時)

前回よりさらに厳しい時代における合併で、まずやらなくてはいけないのは「人の融和」です。同じ方向に向かう一つの企業体の人間として、きちんとつながり、目的を共有して働いてもらわなくてはならない。

そんな今だからこそ、『菜の花の沖』を読み返してみようと思っているところです。きっと再び、晴れやかな気持ちで現実に立ち向かう力を与えてくれるのではないでしょうか。

(小山唯史=構成 大沢尚芳=撮影)
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