ドラマ『坂の上の雲』で秋山真之を演じ始めて2年(※雑誌掲載当時)がたちました。司馬遼太郎さんの原作を繰り返し読み、松山を訪ね、各史料に触れ、台詞をかみしめながら、真之さんとの対話に思いをめぐらせてきました。命日には「どうか乗り移ってください」と墓に祈り、2日間だけですが江田島の海上自衛隊に体験入隊もしました。そのとき、呉で大きな船艦に乗せてもらい、この鉄のかたまりで大海原に漕ぎ出したら、どれほど孤独で、どれだけ強くなれるだろうと想像しました。そんな中から自分なりに受け止めて結んだ真之像についてお話しできればと思います。

<strong>本木雅弘</strong>●1965年生まれ。俳優。代表作に「シコふんじゃった。」「双生児」「徳川慶喜」などがある。2009年、自らが制作にかかわり主演した「おくりびと」が米国アカデミー賞外国語映画賞を受賞した。
本木雅弘
1965年生まれ。俳優。代表作に「シコふんじゃった。」「双生児」「徳川慶喜」などがある。2009年、自らが制作にかかわり主演した「おくりびと」が米国アカデミー賞外国語映画賞を受賞した。

若かりし頃の真之は、正岡子規やほかの青年たちと同じように、時代の風に乗り、日本一の自分になる、そして世界に出ていくという明るい希望を持っていました。そんな中で、父親以上の存在でもある兄・好古の言動が心に響きます。好古は一身独立することが男子の仕事だと主張し、「何事も単純明快であれ、悩むな、絞れ」と言います。好古の影響によって真之は、もう一歩踏み出せば帝大というところで、ひょいと海軍に乗り換えました。その決断・転換の力(エネルギー)がすごい。そして、そこで光を放ち始めます。

真之は子供の頃、松山の漢学塾にも学んでいるので、諸行無常、盛者必衰といった移ろいゆく物事のはかなさ、そこにしかないものへの慈しみといった東洋的な価値観を持っていました。海軍でいち早くアメリカに留学することになり、ここでは合理主義も身につけます。この留学では、海とも山ともつかない場所に自分を投げ入れ、何かを吸収しないと帰ってこられないという状況です。しかし「自分が1日怠けると、日本が1日遅れる」との言葉と共に、米西戦争の観戦武官も務めました。きっと松山から東京へ行くだけでも、今で言う外国旅行に近かった時代に、新鮮極まりない、高揚感を体験したと思います。