「やってしまった」という後悔は取り消すことができる

それと異なり、行動したことへの後悔は、現在の状況を修正できる余地がまだある。言ってみれば、コンピュータのキーボードで「Ctrl+Z」を押すようなことが可能なのだ。たとえば、道徳に関わる後悔は、自分より弱い子どもをいじめたり、配偶者を裏切ったり、同僚を侮辱したりといった行動がきっかけであることが多い。

この種の後悔では、取り消しのひとつの方法は謝罪することだ。

偉大な社会学者の故アーヴィング・ゴッフマンによれば、謝罪するとは、「みずからに非難されるべき事情があることを認めて、望ましくない事態への後悔を表明することにより、当事者が許しを請おうとする行為」である。もし許しが与えられれば、過去の感情的・道徳的債務が軽減されて、少なくとも部分的にはそうした債務を返済できる。

過去の行動を取り消せば、現在の状況が改善される。そうしたことには、もちろん恩恵がある。しかし、取り消しても、過去の行動を完全になかったことにできるとは限らない。

行動したことへの後悔を是正したい場合は、まず以下の問いを自分に問いかける必要がある。

埋め合わせや挽回をしても取り消せなかったら?

*(道徳に関わる後悔のほとんど、そしてつながりに関わる後悔の一部がそうであるように)誰かを傷つけてしまった場合は、謝罪したり、そのほかの形で感情的もしくは物質的な埋め合わせをしたりすることにより、状況を改善できるか。

*(基盤に関わる後悔の多くとつながりに関わる後悔の一部がそうであるように)自分自身を傷つけてしまった場合は、その過ちを是正できるか。借金の返済を始めたり、仕事に取り組む時間を少し増やしたりできるか。関係が切れてしまった人に、いますぐ連絡を取ることができるか。

取り消すことが可能な場合は、それを試みればいいだろう。肉体と精神に軽い傷が残るとしても、その価値はある。一方、取り消すことが不可能な場合も、絶望する必要はない。もうひとつの方法がある。