「誤解を招く発言」の責任は本人にある
言っていることを誤解する
これは、なにかと政治家や組織のトップの失言がスキャンダラスに取り上げられるときに起きる。「差別だ」だったり、「弱者を見下している」などと批判されることも多い。本人は「誤解」だとか「真意が伝わっていない」などと言っているが、この事件はコミュニケーションの本質に関わるものだ。すなわち、「コミュニケーションにおいて生じた誤解は、多くの場合、発言した本人の責任になる」ということである。
しかも、1つ目の「言っていることの意味がわからない」よりも、「誤解」はさらにたちが悪い。意味がわからないのであれば、「わからない」と言ったり、無視することができたりするが、誤解は文字通り誤った解釈によって、自分が意図しない行動を引き起こす可能性がある。誤解を招かないよう、コミュニケーションの途中では必ず、どのようにこちらの発言を理解しているかを常に相手に聞き、フィードバックを受けなければいけない。
それが不可能な場合、たとえば公の場での発言や、セミナー等では、発言の誤解によって起こる結果を引き受ける覚悟を決めなくてはいけない。
意味を伝えるだけがコミュニケーションではない
言っていることはわかるが、理解したくない。やりたくない
コミュニケーションをする場合、本質的にそれは、相手への要求がセットとなる。要求のやり方が悪ければ、それは相手にとって「言葉の意味はわかるが、やりたくない」という感情的な結果を引き起こす。
また、「意図的にその要求を無視する」という結果になる。このときに重要なのは、英語で「デリバリースキル」と言われるスキルだ。これは、いわゆる言い方やプレゼンテーションの手法に相当するものである。企業などの組織においては、評価の時期になるとコミュニケーションに悩む人が多いが、原因ははっきりしている。それは、相手の価値観を変えさせるような行為は、受け手を支配しようとしていると、とらえられてしまうからだ。
したがって、相手の価値観を否定せず、相手の価値観に合致するような要求をうまくつくり出すことが、話し手に求められている。言い方を工夫しなくてはならないのは、このためだ。コミュニケーションは受け手が聞く姿勢になっていなければならない。この認識こそが、言ったことを間違いなく伝えるために必要なすべてのことを教えてくれる。
相手の価値観に合致する要求をつくり出す