最新研究が明らかにした「トランス状態」の役割

また、ヒトは、このような想像とシミュレーションを働かせることにより、あまり原因がよくわからないことが起こった場合に、何か、自分たちとは異なる能力を持った存在がいて、それらの存在がそんなことを起こしているのではないか、と想像することができる。そして、それを他者に伝え、他者もそれに同意することができる。ヒトは、確かに、こんな高度な認知機能を有している。それが脳の中のどんな場所にあって、具体的に何をしているのか、現在では、そんなことも徐々に解明されているのだ。

宗教の根源には、「現象を因果関係によって説明する」ということと、「何か、自分たち人間とは異なる能力のある何かが存在する」という考えとが結び付いている。現象を因果関係によって説明するのは、脳の前頭葉の働きだろうが、自分たちとは異なる能力のある何かが存在する、という感覚はどこから来るのだろう?

それには、トランス状態というものが大きな役割を果たしている。踊り続ける、歌い続ける、ということをすると、脳内のエンドルフィンなどの伝達物質の分泌が変化し、「奇妙な精神状態」になるのだ。このメカニズムも、最近では、かなり明確に明らかにされている。みんなで歌って、みんなで同じ動作で踊ると、何か心に変化が起こるのは、みんなわかるでしょう? それを極限まで続けると、また次に段階になるのだ。

なぜ人類の大部分が宗教を信仰しているのか

ところで、私自身は、このような「みんなで同じ動作をする、同じ歌を歌う」などといった、同調的な行動が大嫌いな性格である。そんなことは絶対にしたくない。だから、中学でも高校でも、体育の時間にマスゲームのようなものをやらされるのが、心底嫌いだった。そして、私自身は、未知の現象に対する宗教的な説明は受け付けないし、占いも信じない。

その意味では、有名な進化生物学者であるリチャード・ドーキンスが、「宗教というものはただの妄想であり、人類に対して、何らよいことなどもたらしていない」というキャンペーンを張っていることに対して共感を感じるし、おおいに応援したいと思うのである。

進化生物学者のリチャード・ドーキンス氏
進化生物学者のリチャード・ドーキンス氏。著書に『利己的な遺伝子』『神は妄想である』などがある(写真=Mike Cornwell/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons

では、ダンバーはどうか? 彼自身は、自分の宗教に対する態度を明確には表明しない。ドーキンスの言うように、宗教は悪いことばかりもたらしてきたのは事実かもしれないと認めてもいる。しかし、それにもかかわらず、人類の大部分が宗教を信仰しているのは事実であり、なぜこんなにも多くの人々が宗教を信じるのか、それを冷静に進化的に分析しよう、というのが彼の態度だ。それは私にも理解できるし、重要な分析だと思うので、本書は大変に興味深く拝読した。