「小さな池の大きな魚」を狙うマーケティング

小林製薬では、商品開発には常に新しいアイデアが求められていた。伊藤氏が勤務していた当時の同社がリリースする新商品は、年間で80アイテムを超えていた。さらに、新しくリリースする商品は常に、新規性が高く、それまでの市場にないものでなければならなかった。

小林製薬は、「小さな池(市場)の大きな魚」戦略をとってきた企業である。これは、大きな市場に参入することは避け、まだ誰も見つけていない新規性の高い小さな市場に先駆けて参入し、そこで高シェアを獲得することで利益を確保するという戦略である。

釣り
写真=iStock.com/mel-nik
※写真はイメージです

小林製薬は小さな企業ではないが、競争戦略上の位置づけにおいては、花王やライオンなどの生活用品産業、武田薬品やアステラス製薬などの製薬産業の大手企業の狭間はざまに活路を見いだしていかなければならないというポジションにある。そのなかにあって小林製薬は、例えばコンタクトレンズを使う人専用の洗眼薬「アイボン」や、喉の乾燥によるトラブルを改善する「のどぬ~るぬれマスク」など、従前にはなかった商品を、次々と発売することで成長を果たしてきた。

小林製薬は、自社のホームページで以下のような考えを表明している。大きな池には、魚がたくさんいることがわかっている。しかし、釣りに来る人も多い。そのため、このような誰の目にもとまりやすい大きな市場は、競争が激しいレッドオーシャンとなりがちである。それならば、まだ誰も見つけていない小さな池(ニッチ市場)を見つけ出すことに集中する方がよい。そして、この小さな市場にいち早く参入する先発企業となれば、高いシェアを確保しやすく、利益につながる――。

「見たことのあるような新商品」は却下される

このような考えを長年にわたって採用してきた小林製薬の商品開発にかかわれば、「見たことのあるような新商品」を提案しても、間違いなく却下されてしまう。伊藤氏をはじめとする小林製薬の新製品開発担当者は、新規性の高い商品のアイデアを考え出さなければならないというプレッシャーのなかで日々働いていた。

伊藤氏が属していた新製品開発グループも、アイデア生成のためのさまざまなアプローチを試みていた。そこで使われていたさまざまな道具の一つが、冒頭で述べたエクストリーマー・リサーチだった。なお、これは伊藤氏の体験であり、小林製薬方式といえるほど会社全体で共有された方法だったかどうかはわからないという。