2つのクリスマスケーキ
2021年12月。クリスマスはいつも決まった店で妻がケーキを予約してくれていた。しかし「さすがに今年はできないだろう」と思い、緋山さんは自分で予約を入れた。
24日の夜、子どもたちを迎えに行くついでにケーキを取りに行こうと思って夕方帰宅すると、子乗せが付いた送迎用の自転車がない。GPSを見ると、妻が自転車で徘徊をしているようだった。
緋山さんは幼稚園の預かり保育のリミットが近づく中、イライラしながらどうしらたいいか頭をフル回転させた。
そこへ妻が自転車で帰宅する。手には緋山さんが予約した店と同じ店のクリスマスケーキの箱。どうやら妻は予約なしでクリスマスケーキを買ったようだ。
「『なんで予約してるのにケーキ買うんだよ』『なんでこの時間に自転車で出かけるんだよ』という2つのイライラが重なり、この日初めて妻に手をあげたり怒鳴り散らしたりしてしまいました。自分のしていることが認知症の人にとって最悪な対応なのは分かっていましたが、自分が一生懸命やっていることを邪魔され、一番身近な人に理解されないもどかしさに負けてしまいました……」
妻は、「なんで怒ってるの? なんで叩くの?」という表情で緋山さんを見ていた。
「今ならわかります。妻はクリスマスであることがわかっていた。だからいつもそうしていたように、あのお店でケーキ買いたいと思ったんです。申し訳ないことをしました……」
この年のクリスマスは、食卓に同じケーキが2つ並んだ。自己嫌悪に落ち込む緋山さんの隣で妻は、いつもと変わらない様子で座っている。幼稚園と保育園から帰宅した子どもたちは、2つのケーキを見つけると大喜びした。