認知症介護家族のたどる5つの心理ステップ

7月末、2021年5月に取得した精神障害者手帳を更新したところ、2級から1級になった。8月は家族でレゴランドへ行った。妻の車椅子は娘が押してくれた。

「娘には妻が病気になったことを話しています。『どんな病気なの?』と聞かれたので、『いろんなことを忘れてしまう病気なんだよ』と説明しました。娘は妻の外出のときは車椅子を押す役を買って出てくれます。息子は保育園に行く前に「お母さんバイバイ!」と声をかけたり、妻の就寝時間になると手を引いてベッドに連れて行ってくれたりします。妻は2022年くらいまでは子どもの名前を言えましたが、今はそれもなくなっています。わかっていてもアウトプットできないだけなのかもしれませんが……」

9月になると妻は食べ物が飲み込めなくなったため、経腸栄養剤を補い、10月には運動能力や脳の状態を見るために検査入院した。最近は食生活が不安なため、その辺りの検査もしてもらうことに。

「一番大変だったのは、妻の病気がわかってすぐの約1年間です。コロナ禍でも現場仕事が多く、出社しなければいけない中で、生まれたばかりの息子の世話をし、妻が徘徊するかもしれないという不安を抱きながら生活をしていました」

しばらくは夕食の支度も買い物も妻一人でできた。家事もヘルパーや訪看の見守りがあれば大体のことはできた。ただ、できる時もあればできない時もあり、だんだんできない割合が増えていった。

「今みたいにほとんど何もできなくなったら諦めもつくというか、『全部ケアしてあげなければ』という気持ちになれますが、当時は『頑張れば昔の状態に戻れる!』『少しでも衰えを抑えたい!』という気持ちが強かったので、頻繁に厳しく叱ってしまっていました。本人に『頑張ってやってみよう』という気持ちがないように見えるのがことさら腹立たしかったですね」

多忙な中でも認知症関連の本を読みあさるうちに、妻との向き合い方が変わっていった。

「言い訳ですが、奇跡を信じたかったから叱っていたんだと思います。認知症の進行は不可逆的ですし、科学的な根拠はないですが、『奇跡を起こしてほしい』『できるようになってほしい』そんな気持ちが、怒りやイライラにつながっていました」

声を荒らげてしまったり、手をあげてしまったりしたこともあった。

「でもそれは妻にとってはマイナスでしかなかったのだと知って反省しました。妻がやろうとすることをなるべく否定しない。否定するにしても怒らないことを心がけるようにしました。できなくて当然、できたら褒める、感謝するという姿勢です。育児に共通するところもあるので、同じ気の持ちようでやると決めたらけっこう楽でした」

「認知症介護家族のたどる5つの心理ステップ」というものがある。

●第1ステップ:否定・驚愕・とまどい

まさかそんなはずない、どうしよう。いつもと違う行動に気がつき、驚き、とまどう。病気だということを認めたくない。

●第2ステップ:混乱・怒り・拒絶・抑うつ

ゆとりがなくなり、追いつめられる。精神的・身体的に疲弊し、わかってはいるけれどつらくあたってしまう。「なぜ自分が……」「こんなに頑張っているのに……」と理解してもらえないことに怒りを感じる。認知症の人を拒絶するようになり、そのことで自己嫌悪に陥ったり、うつ状態になったりする。

●第3ステップ:あきらめ・開き直り・適応

なるようにしかならない。怒ったり、いらいらしても仕方がないと気づく。なるようにしかならないと思う。自分を「よくやっている」と認められるようになる。認知症の人をありのままに受け入れた対応ができるようになる。

●第4ステップ:理解

認知症の人の世界を認めることができる。認知症の人の症状を問題としてとらえることがなくなり、相手の気持ちを深く理解しようとする。

●第5ステップ:受容

自己の成長、新たな価値観を見いだす。介護の経験を自分の人生で意味あるものとして、位置付ける。自分の経験を社会に生かそうとする。

※「4つの心理ステップ」と言われることもあり、その場合は「第4ステップ:理解」が省略される。

緋山さんはこう振り返る。

「2022年ごろまでは“第2ステップ”にいたのだと思います。自分の中では、“奇跡を諦めること”=“認知症を受け入れること”であり、第3ステップの入り口でした。比較的精神的キャパの低い私は、今でも時折怒り狂ってしまいますが……」